topimage

2021-05

いやァ、梅雨入りだそうで雨が降ってきた - 2021.05.16 Sun

曇りだけれど、この先1週間の予報はずぅ〜〜〜と雨。
ひょっとしてと思ったら東海地方は梅雨いりだそうな。
うわァ、鬱陶しいなァ、はやくも梅雨かァ。

入りがはやいってことは、明けるのもはやくて、暑い夏が長い。
ワシ、暑さには強かったが、最近はバテる。
また、去年みたいにエアコン漬けの夏になりそうだわぇ。

ま、気を取り直してがんばろ。
なにを頑張る? それほどの頑張る目的もないのだけれどね。
このパソコンのなかに、20年間のネタ帳がある。

どこで読んだのか憶えていないが、そのなかに、こんな言葉があった。
味わい深い言葉だと思う。
むかしの中国の人はいいこといったのになァ。いまは.............

 3月の風と4月のにわか雨とが
 5月の花をもたらす

冷たい風が吹いたり、鬱陶しい雨が降るけれど、
それはきれいな花を咲かせるためなのだよってねぇ。
次はワシの持論だけれど...........

 人世なんて、
 どこかでヘコんで、いつか、どこかでフクらんで、
 通してみればプラスマイナスゼロ。

どこかでワシがそういったら、
すべての人がプラスマイナスゼロにはなり得ないって、だれかがいった。
そうだろうか??

なにをもってプラスと考えるかなのではないのか。
シアワセってものの価値観は、人それぞれだかんね。
どう思うか次第でプラスにもマイナスにもなる。

物事ポジティブに考えてればいい。
ここいらへんでいいじゃん、充分シアワセだよ。そう思えればいいじゃん。
もっともっとと思えば、そんなもんキリがない。

21511-p12.jpg

この写真は、おペケがよくゆくゴルフ場。ガーデンパークの隣にある。
いやァ、たしかに池ばっかりだ。それに平坦だしィ。
おペケが疲れるのもなんとなく理解できる。

スコア見たらそれほど悪くはなかったが、
平坦だと打数増えて、歩く距離が増えて、カートに乗るのが少ない。
たくさん歩くから、これがたまーにのことで疲れるんだな。

次回はイナサCC、ここはシニアに優しいコースらしい。
ま、愉しみにいって、疲労困憊は本末転倒だからね。
そろそろゴルフ引退も考えているようだ。

  ←click

なにせ、ワシは男一人の暮らしが、そりゃもう長かったから、
その時代、その時代の簡易料理には詳しいんだ。ほんと。
あえて簡易料理というけれど、いまや、日本のこういう技術は世界一。

そこはそれ、なにごとも日本人らしき追究するがゆえに、
見事な完成度であるのだねぇ。
冷凍食品だの、レトルトだのいうなかれ、

たとえば、青い物加えればそれになるという。
おペケはこれまでしっかりつくる人だったけれど、
オレに感化されてか、レトルトが美味いといってハマっている。

いいんだ、それで。
一昨日のゴーヤチャンブルといい、昨日のエビチリといい、
うまいことアレンジできてるよ。美味かった。


 🔼 おペケの「浜名湖ガーデンパーク」アルバム。

「あなたは優しくなった」
と、ちかごろおペケがいうのだ。
「そりゃ、あんた。ワシも真性爺ィになったからな」

これだわいな。
いいたかァないけれど、よそでまったくモテなくなったし、
だいたいがコロナ禍で閉じこもりっきり。

いつまでも自意識過剰のトンガリ爺ィでいたら、
あっちへいって閻魔さまに舌抜かれちまう。
24時間いっしょの人と仲良くせにゃらちかんでぇ、と思うわぇ。

 誰かが怒っているのを感じるためには、
 本当の怒りとはどういうものか、まずきみ自身が知る必要がある。
 あの人は怒っていると言えるのは、きみ自身の中に怒りがあるからだ。

 あの人はわがままだと思うのは、
 きみの中にもわがままさがあるからだ。
 あの人はずるいと言えるのは、きみにもずるい一面があるからだ。

カナダのロビン・シャーマという人の言葉。
人の振り見て己を知れってことだ。
年齢重ねたら、自分の経験で他人が見えて、その果てに自分をみる。

だから、他人がみえてくるってことは、自分も見えてるはず。
それで自分を知ったらその轍を踏まないことだ。
それが年齢相応の分別。ところがこれが簡単じゃない。

なにかあって、沈黙していると損したような気がする。
でも、そうじゃない。
じたばたして、わたりあってるほうがみっともないもんだ。

21511-gp93.jpg

おペケも、この街に住んで6年になろうとしているわけだが、
いつもいうに、大きい人が多いってね。
男も女も、背丈も恰幅もよくて、とにかく圧倒されるっていう。

そういわれてみると、そうかもしれないのだ。
端的にいえばメタボが多い。桁外れに大きい人も多い。
これって、温暖な陽気のせいか、のんびりした気質からか。

浜松医大のセンセが、その理由のいくつかを書かれていた。
気候が温暖で日照時間が長い。やっぱりこれかな。
明るくて、屈託がないからねぇ。

就労率が高くて、高齢者の社会参加が活発ってのも納得。
市内には企業の数が多く、経済的に落ち着いているし、
世界ブランドの企業やそれを支える中小企業が数多くある。

古くから東西の文化が行き交う東海道筋に位置している。
たしかに、好奇心旺盛で社交的な市民性だ。
高齢者になっても、邪魔者にならないってのが大きいだろうね。

巷で、よく話しかけてくるっておペケがいう。
そうだね。突然話しかけられる。あまり顔見知りしない。
そこいらへんがお人好しでもある。

で、浜松方式といわれる医療体制の確立は心強い。
掛かり付け医や病院の役割分担による医療環境はすばらしいし、
ここに住んでよかったなと思う。救急たらい回しなんてない。

つまりは安心だよね。
それから先取の気風に富んだ「やらまいか精神」だな。
老人を排除するってところがない。

浜松は健康寿命の日本一だったことがある。
健康寿命というのは、健康でいられる期間っていうことらしい。
ちなみに、日本は74.8歳で世界2位。1位はシンガーポールで76.2歳。

その浜松が健康寿命の日本一になったのは、2016年で3度目。
男性73.2歳、女性76.2歳だから世界トップクラス。
ま、おペケのほうが長生きしそうで、ぜひ、そうしてもらいたい。

赤ちゃんもよくみかけるが、人口は減少傾向にあって、
797.980人とここ3年は80万人を切っている。
因みに、県庁所在地の静岡市は704.989人と70万台維持も難しい。

おペケがいうには、こんな住みやすい所だから、
「いらっしゃいよ、浜松へ」なのだが、こればっかりはね。
健康寿命が長い、高齢者が多い、健康保険が高いってのもあるよ。

回覧板がきて、今年はコロナ禍で自治会活動もままならいから、
自治会費は半額にします、ってことらしい。
ここの自治会は巨大で、なんとか法人になっているくらい。

ほんとうは、今年の役員はうちだったのだが、
高齢者世帯は役員免除だそうで、なんともラクチン。
え、そんな年齢か、と思わんでもないが、素直に喜んでおこう。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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今度、ナイショでろうそく垂らしてみよう - 2021.05.15 Sat

曇りだが、また一段と温いぞ。書斎で26.2℃。
だから窓を開けた。そよそよと入る風が心地いい。
つい、この間までの冷たい空っ風が、嘘のようだな。

昨日も1日、書斎に閉じこもり。
たまーに脚を伸ばしに居間へでてゆき、くるっとおペケの目の前を、
まわってパソコンデスクへ戻る。

昨日で、ワシの分の写真現像は終わった。
アルバムは39枚を3ページ。youtubeにアップし終わって、
2人で視て、やっぱり、ええカメラは違うのぅ..... なんぞと爺ィ画自賛。

あ、オレってのも、乱暴だから、やめたら? とおペケがいうので、
じゃァ、爺ィはなんちゅうねん、ってことで、
今日から自分のことは「ワシ」っていうんで、よろしゅう。

で、夜からおペケの写真にとりかかったが、
なんせ、浜名湖ガーデンパークはロケーションがいいので、
内弟子2人も撮った枚数が多いの、なんの。

こりゃ、ちょっくらちょいとは終わらんでぇ。
「これ視てぇ」とおペケが新聞もってきた。
なに? フラワーパークの薔薇が盛りだってか。いく、いく。

それでは、来週といったものの、火曜日はワシがワクチンじゃ。
それ次第ってことだな。なんらかの身体影響はでるはず。
ヘタしたらおっちんでるかもしれない。

36歳の男性がワクチン打ってきて、家人が気がついたら、
もう死後硬直がきていたってはなしがある。
これ、ワクチンするかしないかは自己の責任において。

だから、おっちんでも、あんたが選んだのでしょ。
ってことだから、尻のもっていきようがない。
ま、すべてはわが寿命のなせるわざ。しゃーないじゃんか。

21515-a1.jpg

爺ィは辛いものに弱いらしい。
一昨年の暮れに、なぜかしらんが、喉が腫れて、
1ヶ月ちかく声がでなくなったことがあったよねぇ。

あれ以来、ワシ、辛いものが食べられん。
ほんとは、激辛の、あの、なんだっけ、真っ赤な挽肉が...........
え〜〜〜と、え〜〜〜と、あ、担々麺じゃ。

あれが大好きだったのにねぇ。
いまは、むせて、むせて、もう、あかん。
隣のセンセに、ワシ、いうてみたんじゃ。

「辛いもの食べられませんが、喉の.............. 」
「食べなきゃいいでしょ」って素っ気ないのぅ、いつでも。
年寄りはそういうもん、往生せい。って、ある意味気持ちいいゎ。

  ←click

だから、麻婆豆腐も好きだったねぇ。
「え。このゴーヤの赤いの、なに?」
「麻婆だけど.......... 」

食べれるかなァ、って一発目でむせた。ダメだ、こりゃ。
「これっくらい、なんともない」って、
食べるおペケが憎たらしいのぅ。



ワシ、ランナーズハイってのを知っている。
はじめて味わったのが中学1年の全校マラソンだった。
だいたいが、運動神経が抜群にいいってほうじゃない。

背はでかいほうから3番目なのに、運動会で旗の後ろに並んだことはない。
ま、かけっこはダメと思いこんでいた節があって、
初体験のマラソンも折り返しまでは、ちんたら峠のお馬がほい......... だった。

ところが、自分のまわりがみんな脱落していく。
ワシは、ちんたら峠の仲間がいなくなって、しかたなし本気で走ってみたら、
なんも苦しくなくて、何人も抜いて、え、おもしろいじゃん。

さらに、馬力かけてみたら、ゴール手前まできていて、
学校のグラウンで1週で、10人抜きくらいしたら、完全にハイになった。
ゴール入るときは、女子の大感声受けて、これが、カイカ〜〜〜〜ン。

翌る日すぐに、バスケ部と運動部が勧誘にきたんだな。
ワシとしたら、当時、県大会優勝の花形バスケにゆきたかった。
見るからにモテそうだったもん。

それで、ピッと笛が鳴ったら反転するドリブルのテストで、
ワシの運動神経のなさがバレてしまった。
で、運動部は、持久力のあることがマラソン7位で証明されてたから入部。

800mのランナーがいなくて、それを目指せって、
毎日地味〜〜〜〜〜〜ィにトラックを無言で廻ってるゥ。
ま、派手に1等賞をとることはなかったが、賞状は何枚かあった。

毎日トラックくるくる、百段々急坂のウサギ跳び。
とにかく地味だったな。お払い箱になったバスケ部横目に見てぐるぐるゥ。
で、大会になると、これが一世一代に晴れ舞台、アドレナリンどばァで走る。

あのランナーズハイ。
なんでそうなるのかは諸説あるけれど、エンドルフィン説。
脳内物質がはげしい運動で分泌量を増やし気持ちよくなるらしいね。
ま、脳内麻薬みたいなものが出ているとか。

あのね、ちょっとだけ話が飛ぶ。
死ぬときってのは苦しくはないっていうのが、これなんだってさ。
脳内麻薬がどばァっとでるそうな。

だから途中で帰ってきた人が、きれいなお花畑を歩いていたという。
ま、脳内に酸素が不足して、普通の痛感とかないんだから、
苦しいのは一時だと思うがねぇ。

そのランナーズハイに似たのを、もうひとつ体験したのがボクシング。
長距離選手で養ったスタミナだけが取り柄のボクシング練習生のときに、
1度だけ先輩選手の試合前のスパーリングン相手に選ばれた。

で、2Rはじめに、アッパーくらって、見事にKOされた。
あれも脳震盪だからね。目の前をひらひら蝶々が舞っている。
気持ちいいなァ、って思っていたら会長にほっぺたひっぱたかれた。

そのあと、山へゆくわけだが、これでも頂上近くの胸突き八丁、
いちばん苦しいときに、やっぱりハイになる。
それから地獄の船酔い船で、吐く物なくなって胃が扇動するとき。

え、ワシってどMだったのか。
自虐の喜びにとっくに目覚めていたじゃないか。
今度、ナイショでろうそく垂らしてみよう。

21511-gp77.jpg

21歳のときに先輩がTB病棟に見舞いにきてくれて、
「これでもおやんなさいな............. 」と俳句歳時記をおいていった。
暇はいっぱいあるから、我流俳句をはじめたのだ。

この先輩ってのが、いわゆる「おかまさん」で、
そもそもの知り合った経緯は長くなるから省くけれど、
現役学生のインテリおかまだったから、ワシとウマはあったのだ。

念のためいっとくが、オレはノンケっていうヤツで、
そっちの方面には興味なかったのだが、
妖しいオールナイト映画館で知り合って、映画談義でなかよくなった。

それで、わりと由緒はあったらしいが、爺ィさまばっかりの句会へ、
いれてもらって、毎月投稿するわけだが、
水原秋桜子センセの門下生ばかりでけっこうなお人が揃っていた。

ワシの句は、どうせ、シャバへの思いが鬱積してるから、
暗い句しか浮かんじゃこないのだが、
それを投句した同人誌では、しばしばセンセの選に入った。

まァ、根暗21歳の感覚が珍しかったらしい。
2年ちょっとのTB病棟生活ではせっせと投句していたが、
そうしたら、なんか、爺ィさまたちには面白くなかった様子。

居心地最低となって、やめたわァ.............. って尻まくった。
それからも、たまに駄句がひょいとでてくるから、書き留めてはいる。
が、セオリーもなにも心得てはいない思いつきの、我流駄句ばかり。

あの頃のが、どんな句だったのか、それも思い出せない。
たぶん、シャバにでて病棟の諸々はすべて忘れたかったのだと思う。
強い薬の後遺症は続いていたしねぇ。

むしろ、病棟にいるときよりも、社会復帰の時期が辛かった。
忘れもしないが、サントリーCMのロッキングチェアの揺れるのをみて、
嘔吐していたくらいに、ワシの神経ズタズタになっていた。

そんな毎日だから、どうしても世のなか斜に見てしまう。
なんか、あそこにいた人特有の虚無感がくっついてきて離れない。
そりゃま、若い身空で悶々と寝てるしかないんだからねぇ。

そんなぐちゃぐちゃなときに、
ミニスカートから、はち切れそうな膝小僧だしたあの人と出会って、
半年あとに所帯もった。

このブログの文字じゃ見えないちゃらんぽらんなところも、
言い訳じゃないけれど、あの頃の虚無感の果てにあるのかもしれない。
残念ながら、あの2年8ヶ月を生涯背負い込んでしまった。

いつも思うけれど、
いい加減だから続くってこともあるゥ。
なんやかやのめんどくさい感情ををまともに背負ってはいられない。

怠けもんの神さんが降臨してきたのは、おひとりさま2年目くらい。
たぶん、あそこで開きなおったのだ。どうせ、なるようにしかならん。
要は、自分の殻にあった生きかたができればいいのだってねぇ。

実はこれ、人生通して思っている。
だから、こりゃァヤバイかなって気分のときに、
怠けもんの神さん、そこいらからでてきていうんだな。

「あんた、そう、しゃかりきにならんでも...............」
そういわれると「あ、そうかィ」って,すぐ同調しちゃう。
明日は、もっとラクチンになれるかもしれないってね。

そうだな。寝ちまうか。
目覚めたら明日だもんってね。
それで寝坊助なわけじゃないけれどねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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考えてみれば、これが承認欲求の最たるもの - 2021.05.14 Fri

急に気温が上昇してきて、寝るときに上掛け1枚を外し、
朝方に目覚めて毛布を抜き、なんか急に初夏になったぞぇ。
いま、書斎で25.4℃。衣替えしないといけない。

ガーデンパークの写真現像も昨日で3日。
オレのがだいたい3ページで収まりそうだが、このあとで、
内弟子2人のを現像してyoutubeにアップするのはいつのことやら。

3日もやっていると、正直なところ飽きてくる。
新しいカメラと、新しい現像ソフトの感激も薄れてきて、
あ、めんどくさい、って一歩手前だな。

youtubeにアップしたのを2人並んで視る。
「師匠の切り取りかたがいいなァ」とおペケ内弟子がいう。
ま、まんざらでもない。もちろん、おペケのも褒める。

「よーし、今度こそ !!」ってこれが原動力だからね。
妹2番弟子は、カメラごとおいていって、あとはよろしく。
この人はスマホ写真の基礎があるから、それなりになっている。

構図の取り方が、一応はフレームのなかに、
入れるところができているから、なんだい、これ、ってのがない。
ま、彼女たちの成長も愉しみだねぇ。

21511-gp82.jpg

おペケの姉上に送っていただいて「ういろう」が、
食べはじめると何本かいってしまうのだな。
これは米粉とわらび餅だとか。腹へたまる。

3時のおやつに3本食べてしまった。
晩になっても腹減ってないじゃん。困ったな。
とかいいながらも、しっかりとご飯も食べた。

ご飯はほんの少し。
おかずも1品減らしてもらって、ごらんの通り。
それでも体重はへらないねぇ。なぜだ?

  ←click

「なんで、あんたもオレも丼ものが好きなのかなァ?」
「私はご飯に味があるのが好き」とおペケ。
オレはぶっかけ飯好きしなァ。

ほんと似た者なんとか。
ちょっと品がないけれどね。ま、そんな氏素性だしな。
上品なものより猫まんまが好き。

オレは、独り飯が長かった。
だから、とりあえず腹を満たす。これがあればいい。
ま、理屈はいいや。好きなものは好き。



最近は多くの人がブログというものを書く。
これがまた、日本の場合はSNSの成り立ちからいって、
日記形態が多いのだのだな。

某有名ITのレンタルサーバーを使っていたことがある。
すると自動的にブログがついていて、ここで日記を書くと、
なんか知らんが、おはよーございます、今日もぽっちん。がくる。

え、めんどくさー。ってほっといたらコミュから追い出された。
あのあたりから、シニアのブログとコミュニティが、
出来上がっていったように思う。

だから、マメな人がランキング上位へゆく。
内容なんてあまり関係ない。
それが、エスカレートすると、なぜかしらん、はしたないのである。

オレも他人のことはいえないが、なにもかもさらけ出す。
はしたないとは.........慎みがなく、礼儀にはずれたり、
品格に欠けたりして見苦しいこと.............. とある。

しからば、なぜ、人はプロエッセイストでもないのに、
はしたないまでにおのれを晒すのか。
さらけだして、それだけの見返りがあるのだろうか。

一部の芸能人のブログはアクセス数によって収入が発生する。
広告料がアクセス数によって支払われる。
youtubeと同じ仕組みだから、大勢の人が副業でやっている。

われわれ一般人のは、せいぜい承認欲求を満たすだけ。
ひとむかしまえは、アフリェイトっていうのがあったねぇ。
ブログに広告ベタベタ貼って、広告収入を得る。

あれねぇ。
オレもやってみたけれど、1ヶ月で100円未満とか。
ま、ラチあかんねぇ。すぐやめた。

普通は、ブログによって同じ趣味の人と交流する。
あるいはおなじ境遇にいる人と出会う。
情報発信することで自分の存在意義を見出すというもの。

とはいうが、これも交流の方法を維持してのはなし。
多くのブログはコメント欄を閉じている。
発信はしているが、それはおのれが発するだけの一方的なもの。

こうなってくるとわけわかめ。
ブログのランキング参加は、その順位が承認欲求につながる。
なんだ、なんだ、という野次馬集めれば上位だ。

ここなんだろうね。
つまり、他人の内情ってのは気になる。これは道理。
他人の不幸や泣き言は蜜の味というではないか。

21511-gp59.jpg

あ、書き添えておくけれど、
これは一定の個人をさしているわけではないよ、単なる一般論。
念のため。

なにがいいたいかというと、
プロのエッセイストは稿料のためにプライバシーを切り売りするが、
さて、どこのだれかわからないブロガーが、なぜ自分をこうも晒すのか。

なんのメリットがあるのか。
といったら、承認欲求しか思い浮かばない。
承認欲求とはなんぞや。

だれの中にもあることだという。
多くの他人に認められたい。
ときには、なんて可哀想なんだと思って欲しい。

この欲求が強いおかたがいる。
いわゆる「かまってちゃん」なのだね。
たとえば、この手段がBlogであれば、SNSやランキング。

注目されていれば、承認欲求が充たされる。
コメ欄があいていて、コメントを交わしていれば、
言葉のやりとりがあるならば、ごく自然な発散になるはず。

人ってものは、なんらかの形で触れ合いを求めている。
独りではいられないものなのだ。
そのくせ強がってみたり、めんどくさいものなのだ。

素直になればいい。
コメントをいただいて、思いを共有すればいい。
それを拒否すると歪んでしまう。

コメントンは、自分の意に添うものばかりではない。
たまには、「いわずもがな」の一言を通りがかりが投下してゆくよ。
これがイヤだという。イヤだって、あるんだ。

でも、コメントはブーメラン。
自分の発した言葉の跳ねっ返りなのに、そうは思わないのだな。
いえば戻ってくる。これは当たり前のこと。

たとえ、ブログ本文でもいいっぱなしにはならない。
コメント欄があると読者の反応がわかる。
それに素直に応えればいい。それで解決する。

では、オレはなんのためにブログを書くのだろうか?
2000年にYfoo diaryではじめて、さるさる日記からgoo Blogへ、
楽天をちょっとやってFC2へ、かれこれ20年も書いておるぞ。

最初は釣り仲間とつながっていた。
オフ会で釣行したりして、愉しかった思い出ばかり。
あの頃が第一次のピークだったか。

まァ、暇だからだなのか、惰性のままなのか。
そういわれると答えに窮する。困ったねぇ。
やっぱり、承認欲求なのか。

ま、これでも書くこと商売にしてきたもののはしくれ。
つまり、著作物を買っていただいて、おまんま食べてきた。
読まれる快感は人一倍なんだろうな。

考えてみれば、これが承認欲求の最たるものだからねぇ。
これは一生逃れられないかもしれないぞ。
いまだかつて、めんどくさいと思ったことがない。

好きこそなんとか。
好きなことは続くんだな。
好きでなくちゃできないかもしれない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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縦割れ筋肉どこいったァ? っていってるうちにぷっくりお腹 - 2021.05.13 Thu

10時まで 眠ってしまったァ。9時間はちと多かったか。
7時に膀胱満タンで目が醒め、またベッドへ。
ひと眠り3時間、アツくて目が醒めたら10時。書斎で24.1℃。

浜名湖ガーデンパークの疲れがそろそろとれたかな。
あれだけ歩いても体重はまったく減らない。
足も膝も痛くはないが、歩いて200mで腰が限界になる。

オレの弱点は腰だな。
で、10分休めば痛みが取れるので次のベンチまで歩く。
ベンチからベンチの渡り鳥では体重も減らない。

おペケは5歳ちがうわけで、あれだけ歩いても、足腰は大丈夫。
昨日あたりも買い物行いって、ゴルフ練習にいって、
写真をプリントしてきと、大忙し。達者だねぇ。

ただし、宵のうちによく眠る。ご飯あとに定席はまって、1時間半。
それから片付けして、なにやら忙しそうにして、11時半就寝。
よく働いて、よく眠って、健康でありがたいこっちゃ。

  ←click

昨日は8時起きだったから、いま時分はこのブログがあがっていた。
それゆえに訪問者が166人。あ、はやければ多いゎ。
これで夕方のアップだと130人くらい。

写真ブログのランキングの参加はそのままになっているが、
別に周りのブログとのお付き合いもしないから、
ビリのほうを彷徨っているけれど、別に気にしない。

いいじゃないか、ビリ等でも。
ま、承認欲求は満たされないが、マメなお付き合いがめんどっちィ。
だから、この程度でいいって、因果応報なポイントだな。

21513-a1.jpg

インスタにも一応はアカウントがある。
で、視るだけは出来ていたのだが、ずいぶんと昔の登録で、
電話番号が入れてなかったので、ログインできない。

フェースブックもそうだね。
別にうしろめたいことがあるわけじゃないが、
実名登録で過去とつながるかもしれない、ってのがイヤなだけ。

FBは削除した。
リタイアして、それまでの世界と一切の関わりを断った身には、
そんな煩わしいことはないからねぇ。

いまさらつながって、懐かしんでなんになる?
ってのが偽らざる気持ちだったのだ。
で、なんだりかんだり個人情報なんぞの流失が多すぎる。

LINEが韓国系なのはしっていた。これの管理は中国。
だからある語句でエゴサして、個人の利用が筒抜けの監視下にある。
たいしたことは喋っていないと、ま、個人ではいう。

けれども、役所、企業などがスパイされているとしたら??
あまりにも無防備ではないんかぇ。
なんで、日本製がないんだ? それくらいの技術はもってるだろうにィ。

島国で治安がいいし、わりとこういうことに無頓着できた。
それが、現代の情報戦の状況下において、のほほんとしていては、
やられてばかりではないのかのゥ。


『浜名湖ガーデンパーク 1 スライドショー』

ネットなんて覗きカラクリか、見世物小屋みたいなもの。
そのむかし、お彼岸の縁日にゆくと筵掛けの見世物小屋があって、
ヘビ娘だとか、大鼬だとか、ろくろっ首だとか。

さ、いらはい、いらはい。
お代は見てからのお帰りだよ、ってね。
好奇心くすぐるんだな。

呼び込みのオニィさんが、筵の端の紐ひいて、
「ハナちゃんや〜〜〜〜い」と、ちょっとだけなかを見せる。
もう好奇心掻き立てられ、辛抱溜まらずはいっちゃう。

あれといっしょかなって思う。
他人の不幸は蜜の味だとかなんとかいうけれど、
ハナちゃんや〜〜いと見せられたら、覗きたくなるのも真理。

でも、これをBlogでやらかすのは日本だけらしい。
かくいう、オレだって、
どこのだれかもわからない爺ィをいいことに、やってるけれどね。

そういってるうちはよかったけれど、これがネット通販や、
ネットバンクなどで銀行口座と直結するようになってからは、
あの手この手で人さまのおカネをせしめてやろうという輩が増えた。

だから、好奇心旺盛はまことに愉しいのだけれども、
気を付けないとこういう詐欺にひっかかって、
なけなしのおカネをかすめ取られてしまうわけで油断はできない。

だから、それほどの費用ではないから、セキュリティソフトだけは、
しっかりといれておかないといけない。
オレんところで、年間6000円くらい払ってるかな。

ほぼ悪者は察知して警告し、侵入をシャットアウト。
え? こんなサイトがァ。
っていうページでも、なにかを入れてきているよ。

21511-gp25.jpg

毎食のキャベツ蒸しが途切れとぎれだな。
そのむかし、腹ぺこあおむしクンと異名とったオイらの食前キャベツは、
キャベツがなによりも好きだからこそ続くのだと思う。

先日の、ガーデンパークへいった日は8時起きだったから、
「朝ご飯どうする?」って聞かれて、おにぎりを頼んだ。
前の日のサバ焼きが残っていたから、最高の朝飯だった。

どうせ、外へいってしまうと写真に夢中になって、昼は食べない。
あ、あの日は、なぜかタコ焼き5コ食べたぞ。
なんだった?

オレのダイエット、だらだらだらと続行中だけれど、
なんにも自慢にゃならない怠け者だから、
歩きにはゆくが、足とめてばかりで有酸素運動にはなっていない。

キャベツってうまいよ。好きなんだな。
ざくざくの粗切り刻みキャベツにしてもらい、醤油だけでもいい、
シラスをパラパラとふりかけて、しみ出てきた塩分だけでもいい。

最近は、ルクエで蒸して、これにポン酢かけ。
まえの晩の残り物があれば、それがおかず。
消化がいいから2時間後には、お昼が食べられる。

この食前キャベツは、血糖値を抑えるのだそうで、
ダイエット効果はしれてるが、血糖値データはリミット内だからね。
で、あとは間食をやめる。これが肝心なのだが、さて。

「ね、水羊羹食べる?」
ってくるんだな、おペケがねぇ。ま、3度に2度は断る。
なんで誘惑するんだろうね。

オレがまた、嬉しそうに食べるからか。
ダメだ、こりゃ。
って、これを改善する気もないしね。

そもそもが、人生の半分を不健康そのもので通ってきた人だから、
規則ただしく、行いただしく、間食もせずって、
そんなもん、はなはだむつかしいわけで、おペケもアマい。

「ほんとうに、なにも食べてないのにねぇ」
そうなんだけれどね。痩せない。
この年齢になると痩せる物質が分泌されないのだそうな。

運動すれば体重は落ちる。これはあたりまえ。
筋トレして、過酷なアドベンチャー・フィッシングに挑んでいた。
50歳半ばまではこれだった。

だから、ついこのまえまでは腹筋割れてから熟知している。
その................
ついこのまえっていうのも18年まえになったから、インチキだな。

最初についた脂肪は背中にまわるんだ。
それで背筋はじけると、あっという間に腹筋もなくなる。
縦割れ筋肉どこいったァ?? っていってるうちに、ぷっくりお腹。

あれ、あれぇ............. っていっても、もう手遅れだ。
ジムで痩せても、トレーニングが維持できるかが、最大の問題。
続けられなければ確実にリバウンドする。

もう、この年齢になると維持するのもきついしィ。
ストイックな節制はもうできないぞ。する気もないが............
過ぎたるは先日の腰痛だからね。

ムリしちゃいかんって、整形外科のセンセがいってた。
すこしくらい身体重たくても、どこも痛くないほうがいいってね。
おっしゃるとおり。そういうのはすぐに同調する。

そのむかし、こんなに痩せましたってダイエット本書いて、
ベストセラーで稼いだ女優さんの、何人かのいまをみてごらんな。
いっちゃわるいけど、あの本なんて詐欺みたいなもん。

ダイエットは自分の年齢と体力とを考えて、無理しないことだ。
これが大切だって、いってたよ。
え、誰がいったかって? あ、オレだァ。文句あっか。

ってえらそういっちゃいけない。
ほなあした............

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なんでもないときはなんでもない - 2021.05.12 Wed

いやァ、昨日は久々のウオークだったね。
浜名湖ガーデンパークがいちばん歩く距離がある。
5年前は行き帰り歩いたのだけれど、いまは絶対にイヤ。

もう、とにかく広いので、ベンチからベンチの渡り鳥。
その合間に写真撮る。ベンチ座って写真撮る。
おペケはここが大好きなので、これだけの花に埋もれて満足。

ヘトヘトになっているはずなのに、おペケもオレも、
久々の撮影行で興奮しているのか、ご飯後も眠らないのだ。
で、いつものペースで夜が更けていった。

写真現像をはじめたが、この新型カメラの驚異的性能に仰天。
いやァ、考えられないことが起きている。
絞り固定F2.8で撮るとシャッターが1/18000で、ISOが3200.

出来た写真には満足がいってないので、
次回への課題がわんさかとできた。
いやァ、のんびりさせないねぇ。いまどきのカメラはァ。

それで、熟睡度が深かったのか、8時に起きてきた。
最近は内弟子2人なので、3人の現像に1週間かかりそうだ。
ま、退屈はしないよな。アハ。

そういえば、最後のほうのお仕事はこれだった。
カメラマンというより、今風にいえばエディターだね。
写真をパソコンでどう処理するか。

印刷していいページになるように総合デザインを案配する。
それを毎日やっていて、飽きがこなかったが、
なんのことはない、いまでもやってるなんて、好きなんだな。

21511-gp07_202105121031202b2.jpg

珈琲飲みながら、ぼけぇぇ...................
なにげに、ぶら下がったカレンダー見ていた。
GWすぎたらすぐに月半ば。

これで、ワクチン打ってなにやらいってるうちに5月も終わり。
オレ、ショックで死ぬかもしれん。
後悔ないように尽くしておけよ、とおペケにいう。

はいはい。
そんなに簡単の死にはしません。
おペケの答えはいつもいっしょ。

今日あたりは曇りなのに、書斎で24.2℃あって、
ズボン下も脱いだし、発熱下着はぜんぶ脱いだ。
なんか、いっぺんに寒さが消えていった。

毎日まいにち、ぼけぇぇ.................
で今年も半分終わる。
こんなんでいいのかねぇ。おペケや。

あと何年こうしていられるか、わかりはしないが、
これからも、何度も、何度も、
こう繰り返していうのだろうね、たぶん。

  ←click

おペケが「花美の庭」にあった無人売店で紫陽花を買ってきた。
「墨田の花火」という、ま、有名な創作紫陽花で800円。
これの名人が掛川加茂の里、花鳥園にいて、かなりの変種を創っている。

次回の撮影行はここにしようか。
1時間は走るので、オレにワクチンの影響がなかったらね。
もうひとつオレの機嫌がよかったらね。

おペケがいう。
浜松周辺にはまだ私の知らない所がいっぱいある。
よかったなァ、こっちへきて.............. 👏

21511^aa10

オレが写真現像で書斎へへばりついてるから、
オイら御席の電動リクライニング椅子におペケが座って、
「いいなァ.........」という。ま、いいねぇ。

足乗せがでてきて、背もたれがリクライニングする。
ここに埋もれてるとすぐに眠くなる。
最近は炬燵が狭いから、そっちはおペケ専用になった。

炬燵が狭くなるわきゃないので、どうやらオレがでかくなって、
高さが足りなくなっている。
あそこはまったら起きられない。ほんと。

その御席であまりにリラックスしすぎると、
身体の重心がが下の方へいってしまい、
ガタンと前へ傾いてなにごとかと、びっくらこいて目が醒める。

「あ、びっくりしたァ」
おペケは大笑いするけれどね、えらいびっくりする。
夏に、そこでヘソ出して眠ってるところを写真に撮られた。

で、おペケが姪御さんにメールで送ったらしいのだな。
「おじさまのお腹癒されるゥ」
って、オレはペットかぇ。

ペットといえば、近頃の猫や犬ってのは、
「らしからぬ」格好で寝たりするんだな。
オレみたいにヘソ天で四肢ひろげて、ドデンと寝てたりする。

それがまた可愛いィなんぞというのだ。
ま、それ以上はやめとくが、
まったく犬は犬の、猫は猫の本分忘れてるな。

あれは、種の保存上からいえばよろしくない。
犬猫のペット化によって、あいつらは本来もっている能力を、
劣化させているのだからねぇ。

人間はこの100年間に100種類以上の種を地球上から消した。
すべては人間のエゴ。人間の都合なのだ。そしてまた..........
愚かなことなのだけれどねぇ。

21511-gp09.jpg

たとえば、
腹だしてうたた寝していたら、タオルケットをかけてくれる。
こういうことは、傍にいてくれれば普通のこと。

たとえば、
暑がりのオレがふとんを蹴飛ばしてしまっても、
朝の冷えてくるまでになおしておいてくれるのもそう。

たとえば、
テレビ前御席ででうとろうとろ、うたた寝していたら、
ほどよい時間に、ほら、ベッドへいきなよって起こすのもねぇ。

待てよ。
ちかごろは、ベッドへいきなよ、っていうのはオレのほうか。
おペケは疲れ果ててうたた寝している。動きたがらない。

「なんで、そんなにいそがしいんだ?」
「だって、忙しいィ」

こういう、ごく普通のことが普通でなくなるから、
あたふたどたばたうろうろがっちゃんこと、
おひとりさま劇場が開幕したわけだよな。

忘れもしない初めの年、夜中に冷たくなって転がっていて、
お、さぶぅ.................... と震えながら布団搔き寄せたり。
荒れは、ちょっと情けなかった。

今朝方も朝の冷え込みで「さぶぅぅ」といったら、
おペケが起きてきてくれて、布団掛けてくれた。
「すいませんねぇ」といったような.....................

これが2年目ともなると自衛本能が芽生えてくるんだ。
言い換えればだね。
失われたゆえに敏感なセンサーがで備わってくる。

ひとりもんだからこそできる五感かもしれない。
メンタルなものだってそう。
それを背負わないとわからない部分は多分にある。

なんでもないときはなんでもない。
感じもしないで通り過ぎてしまう。
それが失くなるから、敏感になるわけだ。

傍にいれば、オレはこんなに愛妻家でございなんて、
誰もいわないでしょ。
そんなこと普段からいいふらすご仁は、胡散臭い。

男は黙って妻を愛する。
オレはこれだな。
ところが女性はいって欲しいらしい。

で、いまは傍にオレをフォローしてくれる人がいる。
たしかに、ありがたみを、これでもかと、再認識はしている。
感謝もしている。

ところがよくしたもので、自衛本能は元の木阿弥。
それに伴ってありがたみも、むにゃむにゃ。
ま、そんなもん。

でも、心のなかには、いつも感謝があるからな。
いわなきゃわからん?
男は黙ってるから値打ちがあるんだ。いうもんか。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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久々に浜名湖ガーデンパークへゆく - 2021.05.11 Tue

さてと、8時に起きた。温い。季節なりの温さになった。
さすがに発熱下着は上下脱いで、それなりの格好になった。
今日は「浜名湖ガーデンパーク」へゆく。

2004年に開かれた「世界花博 2004」の会場跡地公園で、
いやァ、ずいぶんと広いのだな。
目的の「花美の庭」はいちばん奥にある。

最初は、フランスのモネ財団におカネを払って、
モネの家と例の「睡蓮の池」を模した庭があったのだが、
あ、いまも睡蓮は咲いているが、名前が使えなくなった。

ここは県営公園だが、財団がえらい高い名称使用料を伝達してきて、
そんじゃいいわァ................. って、
ことで「花美の庭」ってことになっている。

往きは、花を見ながら歩く。
帰りは、運河に観光船があって600円、これに乗って帰る。
周りは浜名湖なので、ま、景色はいい。

21511-a1.jpg

いやァ、えらい人出だったぞ。
いままで置いたことのないような遠くへ駐車。
ま、園内はオレとおんなじ考えの人で溢れていた。

けっこうアツいくらいのいい陽気で、GW中は自粛の連中がわんさか。
なにせ、あそこは入園無料だからねぇ。
それに加えて新聞にバラ満開の写真がでたから、そりゃァもう。

たしかに、「花美の庭」は素晴らしかった。
バラが満開、他の花々が満開。
実物をお見せできないのが、すごく残念なくらい。

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8時に起きたからね。もう眠くて、帰りの途中で運転交代。
いや、疲れた。あそこは歩くからねぇ。
いつものようにベンチからベンチへの渡り鳥。

ベンチはいっぱいある。手洗いもいっぱいある。
どこかにレストランが出来たというが見当たらなかった。
軽食くらいはなんとかなる。

  ←click

ペタルカーというか、自転車に座席がくっついたやつもある。
今度はあれに乗っていこうか。
フラワーパークは電動だったね、フルーツパークは重心で舵とるヤツ。

ああいうのにしてくらたらいいのにィ。
「そうだわね、半分以上は高齢者だからね」とおペケが同調。
それで、帰りはボートで帰って、6分600円。

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21511-gp08.jpg

「おーい、ご飯食べて、お風呂入って寝ちゃうぞー」
最近は、愉しい=疲れたびー=眠い。って公式ができたな。
今日はなぜかおペケが元気、いつもは帰ってすぐ眠っちゃうのに?

さて、ぐっすり眠って、明日からは写真の整理と現像。
弟子が2人だからね。これがまたタイヘン。
ま、がんばろ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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所詮は中途半端貧乏人の遠吠えだからやめとこ - 2021.05.10 Mon

明日は、浜名湖ガーデンパークへゆく予定。予報は晴れ。
静岡県はコロナの緊急事態宣言はでていないが、
GW中は県外の人が来そうな観光地への外出は避けていた。

それで、もう4月はじめからどこもいってない。
浜名湖ガーデンパークは、とにかく広いので、人も拡散する。
いちばん奥の「花美の庭」のバラのアーチが最盛期だからね。

昨年は、ともかく自粛だったからいっていない。
2年ぶりのバラのアーチは愉しみなんだな。
新しいカメラになった。新しい編集ソフトになった。

できる写真がまったく違う。これは愉しい。
でも、だからといって出て歩くのもヤバいしねぇ。
が、おペケもオレも、ここいらで発散してこないと、ほんとヤバい。

今日も風は強い。なので黄砂が飛んで消えたか、多少は視界がいい。
明日は、今日よりも穏やかな予報。
愉しみだね。このブログが遅かったら、そういうことで..........

え? 毎日遅いぞ、おまえ。ってぇ。
そうなんだねぇ。ま、午前中に終わっていればいいのだけれど、
だいたい、午後からはじめて、途中なんだりかんだり遊んでいて..........

アップするのは夕方だもんねぇ。
こんな我が儘ブログにおいでいただいて、どうももすんません。
ぼちぼちマイペースでいきますよって、お付き合いのほどよろしゅう。

ほなあした.......................... って、
まだまだ終わっちゃいけないねぇ。
始まったばかりだ。

21510-f2.jpg

別に仲が悪いわけじゃない。
なぜか、おペケが晩ご飯に別々のものをつくる。
昨日も、ご飯写真撮っていて、あれぇま、と聞いたのだ。

「え、あんた、2日続けて丼ものか」
「あ、そうだね。でも好きだから............. 」
オレもそうだが、おペケも、猫まんまが好きだなァ。

おペケの山口の姉上から「ういろう」が届いた。
これは「母の日」ゆえに、こちらで位牌をあずかっているから、
仏前にお供えをしてくださいってこと。

さっそく仏壇に供えたが、仏さまは食べないから、
お茶入れて、オレとおペケでいただく。
名古屋の「ういろう」とはまったく違うもので、羊羹にちかい。

季節もので「栗ういろう」が美味しかった。
もう1本とかいいつつ、2人ともいっぱい食べちゃった。
3時まわてったからね。そりゃ、晩ご飯の時間に腹が減っていないや。

  ←click

で、晩ご飯のお声がかかった。
「えぇ。これはヤベぇな」
ぜんぜん腹へってないのに、スペアリブだものねぇ。

「昨日もステーキだったよー」
「そうだったかしら?」

おペケにはおペケの都合がある。
黙ってぼそぼそと食うオイらだった。
やたらと忙しいんだな、なんとかぜねば...........

え、考えてみたら、オレがなんかせんといかんのか。
それもヤバいじゃないか。
いましばらく、黙っとこ。

21510-f1.jpg

ま、なんだな。って、たいそうなことじゃない。
今日も8時間も眠っといて、アツくなし寒くなし、いい陽気だから、
さっきから眠くて眠くて、何度も落ちて、ま、いい身分だなってこと。

目が醒めたらブログの管理面がひらいたままで固まっちゃった。
いつも思うんだけれど、ほんといいご身分。
まさに、こちとら365連休だからねぇ、

アイハートさんのブログの名タイトルそのままの365連休族。
ほんといいタイトルを気づいたな、と羨ましいくらい。
だから、ま、眠ってる合間にキーボード叩いてりゃいいわけで..........

最近はテレビでyourubeばかり視ているから、テレビ番組が見たくない。
どうしてかとうと、しつこいCMなんだな。
youtubeもCMはいるけれど、5秒か、3秒でスキップできる。

だから、テレビ番組のCMがイライラする。視たくない。
あの、続きが視たい興味を持たせたところで中断するのがなんとも、
イライラしてオレのせっかち病が爆発するんだな。

21510-f3.jpg

オイらもおペケも、宵越しのカネはもたねぇタイプだってことは、
ま、見事に合致して相性がいい。
いろんなものけっこう買うけれど、ま、度が過ぎりゃ破綻するわな。

だから一言だけいってあとは「別に、お好きにしなさいな」ってこと。
一言ってのは一応いう。
が、毎日の「あなたの暮らし」が快適なら、それでいい。

2人あわせて、いうほどのボンビーでもなし。
このへんの感覚は、2人ともぴったりと合致するんだな。
どっちかといえば、危機感はオレの方が持っている。

それは経験者だからね。
亡き人は最後の三年間は呼吸器の障害認定をしていただいた。
お国の補助はあるけれど、医療費の掛かりはとんでもない。

その経験があるだけに、少しばかりのものは、
あっという間にすっ飛ぶ............... 怖さは体験した。
でも、現実に目の前にかぶさらないと実感は出来ないことだ。

オレは、オカネモチといえるほどのオカネモチに、
ここに至るまでなったことがない。自慢にゃならねぇ。
オレのは中途半端なコガネモチくらいだからねぇ。

そのオカネモチの気持ちがなんともわからない。
が、「宵越しのカネはもたねぇ.......」という快感は充分に知ってる。
いまでもおペケと更新中だな。

波瀾万丈というほどでもないとは思うが、
父親の栄華のてっぺんと、没落ボンビーどん底の両方を見てきた。
どん底からそれほど気負いもせず這い上がってゆく父親の姿も見た。

これはねぇ。まことにありがたい体験だ。
「どうせ天下のまわりもん............. 」と開き直っていられる。
これが、おペケも似たようなものだから、そりゃァま強い。

ただし、これからの老い先は、決まっただけしかまわってこない。
天下のまわりものではない。それだけ覚悟しときゃいいんだ。
だから、2人でイケイケにならぬよう「一言だけ」をいう。

貧すれば鈍するっていう。
どんなに、才能や徳をもったお人でも、
生活に窮すると、せかっくの才能が発揮できないっていうこと。

ただし、ほんとの大金持ちは、カネによって愚鈍にはならない。
ますます賢明で、ますますオカネが集まるのだな。
これが、ごく普通の世間ってものだ。

ま、オイらがなにをいっても、
所詮は中途半端貧乏人の遠吠えだからやめとこ。
世間さまに嗤われるのがせいぜい。

この5月っていうのはおカネがわんさかわんさか出てゆく。
自動車保険が上がった。火災保険が上がった。年金は下がった。
勘定ばかりしていたらやってらんねぇ。もういっぺん給付金くれぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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だから自分を抑制してまで生きたくはない....... と思うのだ - 2021.05.09 Sun

黄砂かな。空が白っぽい。黄砂は万葉の昔からあって、
春霞っていう情緒の正体はこれだったらしいね。
さっき遊歩道を半袖Tシャツ短パンのおっチャンが歩いていった。

わが家の北の最果ての書斎でも24.5℃。
ま、それなりに気温が上がってきたようだ。
で、夕方からはぐっと冷えるね。小寒いのが続く。

「お味噌汁いる?」とおペケが聞く。
「いるよー」ってオレ。
夕方冷えてきて、そこへ腹んなかへ熱々飲んで温めるゥ。

だいたい、ご飯まえはうたた寝していたり、身体冷えていて、
これで正気になって夜の部へ突入だからね。
夜が更けるに従って元気になってくる夜型人間のオレ。

「あ、また寝る時間か、眠りたくない」
「なんでぇ?」
「寝るとまた起きなきゃいかん」

夜の時間がもうすこし欲しいな。あと2時間くらい。
若いときから夜型人間だしィ。
おひとりさまのときは、だいたい就寝2時だった。

  ←click

「うな丼とステーキどっちにする?」
「えぇ、すごい選択じゃん」
「両方とも1人前しかないのよ」

「鰻はこの前の片割れか?」
「そう」
それを聞いて、オレはステーキを選んだ。

蒸して真空パックだったが、オレの好みの仕上がりではなかった。
やっぱりねぇ。手間がかかっても白焼きでなくては.......
「余計に焼いたほうがいいよ」

ステーキは美味かった。
「うなぎ、一口食べる?」
「いらない」

ステーキを1枚、おペケにあげた。
美味いものは2人で食べる。オレって、やさしいねぇ。
え? 自分でいっちゃダメか。

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ええからべぇのオレだって、サラリーマンを15年やった。
って、そのほとんどは、すちゃらか社員だったから、
エラそうはいえないねぇ。

もう、イヤでイヤでしかたがなかった。
亡き人が、娘が大学入るまでは頑張って欲しいと懇願したから、
我慢したってのがほんとだけれどね。

それで、娘も頑張って公立へはいったから、
「ごくろうさま」といわれて辞める機会を待った。
あれぇ、わりと無鉄砲のようでいて、そうでもないじゃん。

それで、さ、いいですよ。
あなたの人世、思うように生きてください。
そういってくれたのが39歳だった。

なんだったろう、オレにとっての、あのタイミング。
その会社が親会社に吸収されて、
退職金+αの資金つきで脱サラできたなんてねぇ。

お、オレってイケるじゃん、って思っちゃう。
とりあえずは、1年を無職で暮らし、毎日釣りにいって、
まっ黒毛に日焼けして、夕餉の材料はほとんど調達してきた。

彼女もある職種のプロだったから、
「焦らなくてもいいですよ」という言葉にほんと甘えて、
1年は真っ黒けのブータロー。

2年目に損保会社へ就職し、
1年の社会勉強で辞めるつもりが、なぜか辞めさせてもらえず、
あと1年半も保険業務をやった。

まァ、それでとっついた夢がたとえちいさくても、
でかくするのはオレなわけだし、だからといってだねぇ。
シャカリキになることもないやって、いつものええからべぇ。

どーせ、なるようにしかならん。
夢を愉しめぇ....... ってイイ加減だったよな。
世の中はバブル真っ盛りだったしね。

2159-f4.jpg

林檎忌は美空ひばりさんの命日。
亡くなったのが、1998年、平成元年だった。
それで、7月17日が「あじさい忌」で、石原裕次郎さんの命日。

スターたちの面影はいつまでも心に遺る。
それはなぜかというと、スターとして輝いている真っ最中に、
流れ星になってしまうから...................... なのだな。

ジェームス・ディーンも、エルヴィス・プレスリーしかり。
ジョン・レノンもそうだよね。
オレが似ているっていわれて、好きだった赤木圭一郎さんもそう。

えっ、なぜ、どうーして?
スターたちは、生涯を閉じるときもドラマチックなのだ。
だから、その余韻が人々の心にいつまでも遺る。

ごんべか、アハ、どーせ野垂れ死にだからさ。
一週間も、このちゃら..... が更新されなかったら一巻の終わりかもね。
って、おひとりさまではいったけれどね。

ま、おペケからなにか一言あるでしょ。
人知れずっていうのが、いいんだけれどねぇ。
知らない間に消えてゆくってのがね。

オレ自身は、22歳で結核病棟から蘇ったときから、虚無感抱えている。
死と向かい合うほどの重症じゃなかったが、
粟粒結核の大学生が、生きたい....... と何度もいってイっちゃった。

あいつの分まで生きてやるッ、なんて大仰なことは思ったことがない。
ただし、若くしてそういうこと経験すると、
どうせ、世の中なるようにしかならないや........ と開き直っている部分はある。

あそこで死んでいたら、あとは儲けものだもん。
だから、自分を抑制してまで生きたくはない....... と思うのだ。
この人世悔いのないように生きよう。そう思うのだ。

これが、オレの人世の基本。
これを理解して支えてくれたのが亡き人。
あなたのシアワセはワタシの幸せといってくれた、かけがえのない人だった。

で、その人失って、けちょんぱんになっていたときに、
蓼食う虫も好き好きと、死に別れ男はめんどくさいぞーっていうのに、
それでもいいって、無茶なこといってくれたのがおペケ。

亡き人は、結核病棟帰りのボロボロのオレを救ってくれた恩人。
おペケは、その人失ってボロボロのオレを救ってくれた酔狂な人。
なァ、どっちもオレにとっては女神なんだからね。

っていってるくせに、その有り難みをすぐに忘れるええからべぇ。
これも死ななきゃ治らないってヤツ。
ま、よろしゅうたのんまっさ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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あれって偶然の一致じゃない、なるべくしてなるもの - 2021.05.08 Sat

外は薄曇り。そういえば黄砂が多いとか。
洗濯物は室内干し。駅前のタワービルは辛うじて見える。
ま、こういう日は鬱陶しいねぇ。

おペケはゴルフの打ちっ放しへいった。
「今度いつゆくの?」
「20日だけれど................ 」

「あ、オレのワクチンの2日あとか。
 もしも、オレがワクチンして、なにか反応がでていたら、
 ゴルフをやめてくれるかしらん」

「それは当然でしょ」というが、ほんとは怖いんだな。
なんでも、30分は病院のベッドにいるらしい。
センセは「万全の準備はいたします」といっていた。

ま、こんな状態でオリンピックできるのかねぇ。
水泳の池江選手のSNSに五輪を辞退しろ、という書き込みが、
多くあって、ご本人が悩んでいるとか。

医療関係者をはじめ、自粛によって事業がままならぬ人たちが、
緊急事態のなかでぎりぎりの対応をしているわけで、
オリンピックどろこじゃない気持ちや、やりきれない気持ちもわかる。

でも、選手や役員にぶつけるのは筋違い。
SNSという誰でも発言できるアイテムができてから、
こういう手合いが増えてきたのはたしかだね。

窓の外をぼけぇぇ.......... とみていたら電線にツバメがいた。
スマートだし、首の下の赤いところが鮮やかでカッコいい。
電線ジャングルを縫うようにして速く飛ぶ。

雀は隣の瓦屋根に戻ってこないようだ。
前の住み処では、鳩、鴉、雀、鵯、蝙蝠となんでもいた。
中でもハトとの攻防がなかなかだった。

花鉢の台の下へ巣作りの目を付けられ、執拗に狙われた。
あいつらは傍若無人、干してある洗濯物の上に止まるんだな。
それで、窓際のデスクに座るオレとにらめっこになる。

シャクなことに、モロに敵意のこもった目でオレをみる。
あきらかに、生き物と生き物の闘い。
ハトやスズメは、遠目にみていて可愛いけれどねぇ。

あいつら、けっしてそうじゃない。
あの野生の目は、思わずぞっとするほど、どう猛なのだ。
それは、レンズで目を覗くと体験する。

「ハトは空飛ぶネズミだから、糞をさせちゃダメ」
雑菌をいっぱいもってるから、近寄らせちゃいかんのだ。
アレルギー体質のオレとしては、そりゃもう一大事。

敵意のこもった目でオレを睨むヤツとの攻防が始まった。
ちょっと油断すると、三段花壇の下へ枯れ草などを運び込む。
朝見るとそれを捨てる。

ネット検索すると、ハトは光るものを嫌うとあった。
CDを釣り糸で吊り、ベランダ3ヶ所に設置した。
ちょっとの風でもくるくる、くるくる。

これでハトの夫婦はベランダは諦めた。やれやれと思っていたが、
トイレのドアを開けて仰天した。
バタバタとトイレの中に2羽のハトがいて暴れた。

急いで網戸を補修すると、今度は玄関ホールへいった。
階段上の配電箱の上に巣をつくった。
玄関開けると、オレの顔を覚えていて、睨み付ける。

ある日、オレが外出するとき、慌てて巣から飛んだ拍子に、
卵が2個階段へ落ちてぐしゃッと割れた。
これで諦めたようで、こなくなった。

郊外は郊外らしく、
こういう生き物との生存争いがあった。
オレは愉しかったけれどね。

2158-s2.jpg

旬だな。カツオのね。
黒潮はあいかわらず蛇行している。
御前崎南135海里。いやァ、ちょっと遠いねぇ。

折れ曲りの先が伊豆諸島から伊豆半島にあれば、
分子流が入って、海流の差し込みがあるのだが、厳しそう。
こうなると高知などの大型船がもってくる魚しかない。

 目には青葉山ほととぎす初鰹  山口素堂

そもそも、カツオは生では食べられなかった。
干して堅い魚だから鰹なのだ。
松魚とも書くが燻した鰹が松やにのような匂いがしたからだ。

カツオっていやァ江戸っ子だが、江戸に入るのは鎌倉沖のもの。
そのむかしは、ムカデの足のように艪のでた押送船にのせて、
竹芝の浜あたりで水揚げされた。

遠州灘沖で獲れるのは身がもっちもちのモチガツオ。
だいたいケンケンの曳き釣りだから1尾ごとに丁寧に釣る。
脇に抱えて頭をゴチンとやってシメて、丁寧に水氷にして持ち帰る。

これが、モチモチとした食感のモチガツオ。
浜松の小料理屋などは、これが手に入ると軒先に、
「本日モチガツオ入荷」の看板がでる。

  ←click

爺ィちゃんは相州は三浦三崎の生まれだったらしい。
だからカツオのことはカツウといった。オでなくてウなんだな。
好きだったねぇ。この人も。

1本買いして、刺し身で食べ、焼いて食べ、煮て食べて、
アラを煮て、骨についた身を削ぎ、そのあとに湯を入れて飲んだからねぇ。
オレも大好きだけれど、おペケはいい魚といったらタイやヒラメ。

やっと6年目にしてカツオの美味さが通じたらしいが、
めったにカツオは食えねぇ。
ま、これもオレが買い物ににっしょにゆけばいいだけのはなし。

2158-s1.jpg

いまになっていうとだね。
1人が気儘でいいや、っていうのはやせ我慢が70%くらい。
あとの30%がホンネ。そのホンネを気儘がいいといって誤魔化す。

気儘でいいやってのは、たまーにやってくる寂しさと表裏一体。
寂しさがやってこないように、気儘だよーって騒ぐ。
どこかの仙人だって、洗濯女のふくらはぎに惑わされて雲から落ちた。

ましてや凡人ごんべだから、推して知るべし。
パトさんと付き合いはじめて、ごんべよ、どっちとるんだぇ?
まァ、こういう局面がくるわいな。

「迷っているうちが華よ.........」と外野おばばが囃したてた。
ごくちかいうちに枯れちゃって、知らぬ間に赤い玉が出て、
はい、あんたはこれでおしまいなんだよ。

励ましてるんだか、けなしてるんだか、いったいどっち?
って、これも友情なんだな。
ただし「わたしゃ、イヤだけれどねぇ」とひとこと余分。

迷うことないじゃん、って背中押されて、
それでもめんどくさいなァ................ が半分はあった。
いざとなると、男の方が優柔不断。

でもね。縁って不思議なもの。
あれって偶然の一致じゃない。
なるべくしてなるっていう、定められたもの。

そっちの方へ傾いてゆくと、トントン拍子にはなしは纏まる。
その流れに、ええからべぇごんべが乗っかった。
それがラクチンだから............. なんも考えなくていい。

えぇ? そうなの。って、あとで怒られたけれどねね。
ま、それだけじゃないさ。
でへぇ...............................

物事っていうのは流れがある。運命の流れ。
あのころ、オレの結婚線は2本くっきりと通っていた。
そんなこと? というなかれ。流れってそういうものだ。

それに逆らわずにいったら、滞りなく流れてゆく。
だいたいが楽観主義者だから、そう思い込むことにしている。
それがラクチンだよ。ラクチン=シアワセだからね。

 世の中には孤独を好む者もおる。
 しかし孤独に耐えられるものは一人もおらん。

マカロフ・ドレアーという人がこういった。
そうなんだよな。
いくら独りが好きでも、それに耐えていける人は少ない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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モテているときは気をつけたほうがいい - 2021.05.07 Fri

先ほど掛かり付けセンセの事務方から電話があって、
「ワクチン接種が1ヶ月ほどはやくなりました」といい、
どうなさいますか? って、もちろん早いほうがいい。

1回目が再来週の18日だっていうんだね。
夕方の4時30分から受け付けるそうで、ほっとするような、
多少の不安もあるような..............

イギリスは、早くからワクチンを接種を行っていて、
いまではノーマスクで生活も普通だっていうんだし、
みんながワクチンを打って、そういう生活に戻りたいねぇ。

どこのワクチンか、多少は気になっていたが、
ファイザー製と明記されていて、
効き目が50%の中国ワクチンだけは、ごめん被りたい。

あとはアビガンなどの抗コロナ剤が認定され、
治療が確立されればそれほど怖くはなくなるとか。
あと何年かかる? 経済が心配だからねぇ。

てなわけで、本日は曇りのち午後になって雨。
沖縄は梅雨に入ったんだよね。なんか季節の推移がはやくない?
ところが気温は上がらない。まだ小寒い。書斎で23.5℃。

ぼけぇぇ................... と窓の下の歩道を眺めていた。
向こうっかわを若いカップルが歩いてきた。
女性が一歩先を歩く。男性がなにかをいった。

女性は返事せずにぷいっと横むいて歩を速めた。
ダメだよ、ケンカしちゃァ。なかよくしなさい。
って大きなお世話か。

2156-s10.jpg

食い物屋さんの「なになにになりますゥ」てのは、
どうやらギョーカイ用語として定着したようで.............
それはまァ、オレが違和感もつだけで、どうでもいいけれどねぇ。

たまに「です」とか「ございます」とか、
おっしゃって料理を運ぶお方を拝見すると、「おっ!!」なんて、
二度見しちゃったりして、オレはなんかうれしくなる。

「なになにのほう」「なになにから」ってのもあったが、
最近は聞かなくなったのはいい傾向じゃァ、あーりませんか。
って、チャーリー浜さんが先日お亡くなりになったね。

あの吉本芸人のギャグっていうのも、舞台の上のそれぞれの看板から、
全国波のテレビへの進出で、年がら年中画面でやるから、
なんか、日本語をめっちゃくちゃにしたのは、この人らだなって思える。

言葉は世につれだから、それはそれでいいという学者もいる。
その時代の言葉があって然り、という理屈はわかる。
が、それも基本あってのことだよねぇ。

  ←click

それからお辞儀もおかしくなっているよ。
社員教育などの大手代理店が関わっていたらしいが、
そのあたりで意図的に、韓国風のお辞儀を広めたっていう。

手を腹のまえで組んでヒジを開いてするお辞儀、あれは違うよ。
日本のお辞儀は両手を伸ばして体側におき、頭を下げるもの。
日本の本来を日本でなくす。そんな意図があるのかしらん。

2157-a1.jpg

いまどきの若者言葉ってのは、
「ヤバイ」なんて、使いかたは、完全に本来とは逆だもんな。
ヤバイ=危険ではない。

「うま、ヤバくね、これ !!」
と、いったら、最大の褒め言葉だっていうからね。
「ふつぅ」といったら標準に達してるということだそうだしね。

そりゃま、オレたちの世代だって、そういう言葉はあったもんだ。
ま、その時代の言葉として残っていけばいいとは思うのだが、
奥ゆかしい表現力をもった日本の言葉は、やがて古典のなかだけになっちまう。

この、「てんちゃら...........」の文章だって、
しゃべくり言葉やら、いまのはやり言葉やら、ひっちゃかめっちゃか。
他人のこといえるか、おまえ。って、へぇ、ごもっとも。

もう、めちゃくちゃでござりまするゥ.............
わっかんねぇだろうな。花菱アチャコだもん。
いまの、朝ドラは浪花千栄子さんらしいね。アチャコさんもでてるとか。

以前にも書いたけれど、そもそも標準語だといってる東京弁だって、
湿地帯だったところへ江戸を築いた家康公が、
人を集めて以来の、いうなればごちゃまぜ言葉なのだしね。

秀吉に関東の荒野へ追いやられ、初めて江戸城へ足踏み入れて、
あまりの荒れように寝る庇とてなく、
家康さんが途方にくれたって件があるくらい。

ただし、海運の房総半島越ぇは天下の難所だから、
江戸川から利根川、霞ヶ浦と家康公が交易の迂回路を造り、
それが奥州を発展させ、江戸の繁栄の基礎を築いた。

その過程で奥州、武州より、人を集めて街造り、運が造りをしたわけで、
てやんでぃ、江戸っ子でィ........ なんぞといってる、その口調に、
奥州弁やら、三河弁やら、遠州弁が入ってるかもしれない。

なにィ、東京だァ? たかだか500年ぽっちが...............
といってる地方はなんぼでもあるんだな。
明治政府が大阪におかれていたならば....... ってIFがある。

実際に検討したというのだから、
もしも、歴史の流れがそうなっていれば、
「まいどー」が標準語になっていたかもしれないのだ。

だから正しい日本語ってなんだということだし、
いまの若者言葉を否定はしない。
若者言葉は、あれはテレビ語でもあって、全国ほぼ統一。

わが家でも秋田弁と遠州弁がくっちゃべると、
ときどき通じない言葉がある。
どっちかというと、オレのほうに多いんだな。

その秋田弁だって、
いまの若い人はほとんど訛りがないらしい。
つまり、テレビがお国手形の訛りを消してしまった。

21424-a1.jpg

以前、参加していたBlogのカテゴリーが「シニア」だった。
で、参加している方々を、それとなしにみていると失礼ながら面白い。
つまり、Seniorという解釈がだ。

たとえば、40歳代でsenierへ参加する人もけっこういて、
失礼ながら、若者でもなし、いわゆるオヤジ世代という自覚が伺える。
ま、ふた昔前に「48歳の抵抗」という小説があったが、ちょうどその世代。

ご本人が、若者世代に居心地の悪さを感じ、
senerへ身を投じて、新境地を開こうという決意? が垣間見えるのだ。
ま、還暦をまえにしてもおなじ感情に襲われる。

ググってみた。
「fifty plus=50歳以上の人」「over fifty=50歳を超えた人」
「older adults=年長者」「third age=3番目の年代」などがヒットする。
で、さらに深くググって」みる。

実際にアメリカでどう定義されているかというと、
シニアクラブの会員資格が50歳以上であり、
シニア割引は65歳以上であるとのこと。

ただ、40歳代をsenierとする区分けもないわけではないので、
おおむねover fiftyをsenerとするということらしい。
だから、50歳を超えたらシニアなんだな。

で、日本では60歳ともなると、「シルバー」という御席が待っている。
かく申すオレは、古希もはるか超えだから、もはやシルバー。
明らかに40歳代のお方と、同席では違和感なきにしもあらずなのだ。

さらにさらに、余計なことかもしれんが、
もはや中年とおっしゃるシニアのかたの「中年」を広辞苑で紐解く。
「青年と老年の中間の年頃 40歳前後の働き盛りのころ」とあった。

この解釈だと、中年=シニアではないので、
40歳代でみずから、シニアに足をつっこむのは、
もったいないと純正シニアのオレは思う。

ついでに「老年」を広辞苑でひもといてみた。
「年をとったこと、また、その時期」とかなり抽象的だが、
老年期ではもっとがっくりくる。

「老年期」とは、
年をとって環境への適応の能力が衰え、
知能の低下、その他の変化の起こる時期である、ってぇ。

これはもう、ボケ老人、恍惚老人、認知症扱いではないか。
ただし、オイらの表紙ボロボロ広辞苑は昭和55年購入の第二版補訂版。
老齢社会に突入していなかったから、こういう解釈だったのかもしれない。

で、これが改訂されているかは、最新版をみてないからわからない。
この検索では、ひとつ収穫があって「Third Age」という言葉がおもしろい。
直訳すれば、第三の世代。なかないいではないか。

いまどきの、還暦赤ちゃんこちょい超えはまだまだ生臭いのである。
バリバリにとはいかないけれど、そのかわりというものがある。
それがなにかというと、キャリアによる引き出しの数だ。

なにやかやと、誤魔化し、切り抜ける、手練手管は知っている。
だからといって、出しゃばっては嫌われる。
ま、次の世代だって、それくらいのノウハウはもっているからね。

で、「active sener」である。
活動的、積極的、能動的なシニアということだろうか。
ちょっとまえ団塊世代が続々と還暦赤ちゃん超えになった。

この塊連中は、なにか焦った。
何かせねばならない。まだ、何かできるはず......... と言い募った。
この切なる思いがターゲットにされた。つまり、そこに市場があるかにみえた。

ひところは、Web 2とかいって、そこにおいしい商売があるかのように、
彼らがもっているであろう退職金をねらっての勧誘があった。
だが、モテているときは気をつけたほうがいい。

これが、プレ団塊世代、ちょっと先輩のオレの感想。
かく申すオレも、そのちょっとまえはactive senerであったのだ。
世間ってのは加速度的にそういう存在を忘却の彼方へ押しやる。

これはほんとうだ。賞味期限が切れると置いてけぼりを食う。
路上で、自動車屋台のラーメンを食べていたら、
丼持ったままでおいていかれたようなもの。なんかこっぱずかしい。

プライドを捨てればいいだけのことだけれど、これが出来かねる。
ねぇ。辞めてしまったら、ただの爺ィなんだよ。
これに気づいたらラクチンになるよ。

で、毎日、空行く雲を眺めて暮らしてきた。
ぼけぇぇ......................
天真爛漫ちゃらんぽらんがいちばんいい...

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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子供はその親の都合を一生背負っていくこともある - 2021.05.06 Thu

GWも終わった。今朝は真っ青な空で、飛行機雲がよくでた。
2日も雨が降ったわけで、これでまた週末は雨だとか。
どこかゆきたくてうずうず。自衛隊広館でもいってこようか。

浜松で昨日のコロナ患者が8人。絶えないのだな。
ま、うずうずしても油断は大敵。
もう少し我慢しようか、どこで感染するかわからない。

起きてきて、いつもなら、もう一度寝る時間だったが、
「いま、8時30分」というおペケの声を聞いて居間へでてゆく。
どんどん遅くなる。ここらへんで体内時計を戻さないといけない。

「飛行機雲がいっぱいだよ」とおペケがいい、書斎の窓へ並んで見る。
次々と東から飛行機がきて飛行機雲を曳き、
真っ青なキャンバスに一文字の線を描く。この時間帯はラッシュ。

それほど寒くはない。23.5℃。昨日より少しは暖かい。
けさがた、体重計に乗ったのだ。あ、壁がちょっと..........
姿見のまえで思案していると、通りかかったおペケがいう。

「太股の筋肉落ちたんじゃ......... 」
「あ、そういえば...... 」

そうなんだよな。
減るときはこういうところ、まず筋肉が落ちる。
腹まわりは最後の最後だからねぇ。へそはでんぐりかぇっている。

でも、いいや。500g減っていたからね。
めざせ、Levi's vintage !!
あとすこし。 ←でもないか。

2156-aa4.jpg

その人なりの体内時計があるものだから、一概にいえないが、
だいたい眠って90分くらいで、ノンレム睡眠がきて、
これで脳が休まるんだそうな。朝まではこれの繰り返し。

オレが、ちょうどベッドへゆくころに、おペケがこれに入ってる。
だからビクともしないので、ときどき心配になる。
揺すったりするのが、おペケにとってはなはだ迷惑なのだ。

かすかに寝息がしていたり、小さな鼾が聞こえると、
オレも安心して眠りに入る。
「もう、やめてぇ。そんな簡単に........... 」

というけれど、歩いていて突然に、
心臓が停まってしまった亡き人のトラウマがあって、
なんか心配性でおペケに反応がないと寝付けない。

ノンレムのあとのレム睡眠は身体は寝ているが、脳は起きている。
したがって、あまりにも睡眠が長いと、脳が疲れてしまう。
だから長生きできないっていうけれどねぇ。

睡眠と覚醒の深さは相互関係にあり、 
脳が休まっていれば、朝の目覚めもすっきりとしている。
たしかに、オレにはこのすっきり感がない。

オレの10時間も眠ってるのは惰眠らしい。無駄なのか??
朝のぼけぇぇ..................... は脳が疲れているのか。
で、結論は、必要以上に眠る人は長生きできない、ってほんとか。

納得がいかない、オレなのだ。
よーし、100歳まで生きてやるかァ。
ふんッだ。

2156-aa3.jpg

三方原というとこの住まいから北になる。
オレの子供の頃は一面の麦畑だった。
もっと北へゆくと、まさに開墾と呼ばれた赤土の土地だった。

家康公が武田軍に敗れた古戦場の三方原はこの台地の北の端にあたる。
そこから祝田の坂を下りて、向こうの山んなかが井伊の里。
「みかたがはら」だが、オレたちは「みかたっぱら」といった。

遠州で「原」は「っぱら」と発音する。
「金原」という姓を「きんぱら」と発音する。
オレが中学生の頃は、まさに「原っぱ」だったからねぇ。

なんでも満州開墾の人たちが入植して苦労されたようだが、
いまや浜松市郊外の家びっしり住宅街になった。
この住まいは、そのちょうど境あたりになる。

すぐ近くの高校は農蚕高校で、広い桑畑があって、
悪ガキ連中が桑の実をとりに侵入して、
「こらァと実習の高校生に追いかけられた。

早くから馬鈴薯は栽培されていたように思うが、
「三方原馬鈴薯」をおペケがよく買ってくる。
美味しいといって、彼女がこれにハマっている。

赤土からの土壌改良が実って、美味しい農産物ができる。
知らなかったけれど、三方原しゃがは北海道の男爵だったのだ。
おペケが秋田の姉上、山口の姉上に送って喜ばれている。

  ←click

浜松はタマネギの産地でもある。
旧国道1号線沿いは、ず〜〜〜〜〜とタマネギ畑。
あのあたりの畑は天竜川の砂嘴活動で出来た砂地なのだ。

エシャレット、玉葱 スイカと出来るものは限られる。
冬の間は強い空っ風で畑の砂が飛ぶ。
国1バイパスができる前はトラックがガンガン走っていた。

で、姿のちょいとおブスなタマネギを、1袋500円とかで売っていた。
タマネギの網袋だからでかい。
トラックのドライバーさんが、車を停めて買っていくんだな。

こちらも土壌改良がすすんで、ホワイトオニオンなどの、
ブランド玉葱も生産されるようになった。
と、前置きが長かったけれど、オレもタマネギが大好き。

新玉の季節はなんていっても、生でオカカだよな。
ちょっと固くなってきて、蒸したり、輪切りで焼いたり。
玉葱は血液さらさらにするからね。

2156-aa6.jpg

髪の毛の額から3cmくらい、あ、50歳くらいまでは5cmだった。
これがなにかというと、つむじがここらへんにあって、
毛の流れが反対向くから始末が悪かったのだ。

あとで気がついたら、ここだけ毛が密集していたのだが、
おひとりさまになったばかりのころは、この前髪ゾーンだけ黒かった。
それが1年目の頃、ふと気づくと真っ白になっていた。

それで、最近になってまた気がついた。
あれぇ、ここがなくったらヤバいじゃん。どうする?
ま、ここまでもったんだから、大々感謝もんだけれどねぇ。

「電気バリカン買って、5分刈りにしておくれぇ」
と、おペケにいうと「まだ、ダメぇ」と即座にいわれた。
「なんでぇな、ラクチンだよ、きっと」

ごんべ家は若ハゲ、大酒飲み、女好きのの家系で、
爺ィちゃんも父親も30歳はじめから毛がなかった。
15歳違いの弟がいるが、こいつの頭も見事なもんだ。

オレだけは、腹違いだから母親系の遺伝子だったようで、
若い頃に酒が当然飲めると思って無茶飲みして、
急性アルコール中毒になり、3日間動けずえらい目にあっている。

ま、それが18歳だったから「あれれぇ、オレは??」と、
早めに気づいて、それでも若気の至りで、
よせばいいのに大酒飲んでは、その度にえらい目にあっていた。

若いってのはよくしたもんだね。
それを繰り返してゆくうちに、それなりに飲めるようになった。
でも、美味いと思ったことはなかったから、ほんとは好きではない。

で、オヤジの奔放な血はオレの中にもあるとは感じていたが、
それが反面教師で、自分の子には絶対にあァいう思いはさせまいと、
心に誓っていたから、妻や子に悲しい思いをさせることはしていない。

ええからべぇなヤツだけれど、これだけはオレが自慢できること。
悪友たちには、おまえはバカかといわれつつ、
オレは頑なにその誓いを守り通してきたんだねぇ。

父親は、バァちゃんと折り合いの悪かった実の母を、
嫁の代わりはあるけれど、親の代わりはないとの名台詞いって、
離別したのだが、いい気なもので、迷惑なのは子供なんだよな。

子供は、その親の都合を一生背負っていくんだ。
だから、自分の思いを子供には味合わせたくはないと思うのは当然。
ただし、親譲りの奔放な血も、この体のなかを流れている。

自分が味わった思いは強力なブレーキになった。
オレ、エラかったよな。そういって胸を張れるけれど、
ま、こんなことはことさらいうことはない。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
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峠の狐に化かされておなじ道をいったりきたり - 2021.05.05 Wed

しとしとぴっちゃんと雨が降る。GWも終わりか。
出ない。家から出ない。人と接触しない。
コロナも第4波だそうで、収まる気配はない。

なんか、本気で収める気があるのか、って、
思わせる政府の対応だけれど、こっちは自衛しなくちゃいけない。
ワクチンも未知数。接種しない恐怖とワクチンの得体知れない恐怖。

どっちが怖いかといったら、オレの場合はコロナが怖い。
オレはアレルギー体質だからワクチンに懸念はある。
けれども、コロナになったらイチコロでイっちまう気がする。

ま、どっちでおっちんでも、それはまァ、オレの運命だかんねぇ。
ごめんな、とおペケに詫びて、おさらばするだけだ。
ここまでくると、案外とそのへんに執着のないのが不思議。

雨の落ちてくる空見上げて、ぼけぇぇ............... としている。
ただのぼけぇぇ.......... がほとんどだが、ときどきなんか考えてる。
なにも考えてはいないようでいて、考えている。

コロナ禍も丸1年を過ぎた。
ウイルスってものは、この地球上にいくつもあって、
生物に害をなすものも多数ある。

そのうち唯一押さえ込んだのが天然痘なんだっていう。
インフルエンザなどは抗体ができ、それほど重症化せずにすんでいる。
アビガンだっけ? 効果のある治療薬とされたが、まだでてこない。

インフルエンザみたいに罹ったら治療薬で治す。その内抗体が出来る。
そういう態勢が早くとれないもんかねぇ。
自粛、自粛っていっても、経済が萎える一方だしねぇ。

2155-a1.jpg

地震ががあちこちで起きる。
東南海地震がいつ起きたって不思議はないし、
それに連動して富士山が噴火したって、そんなに驚くことはない。

450年前も江戸は大混乱だったそうだ。
いま噴火したら? 日本は大パニックになるのは必至。
溶岩が駿河湾に流れ込んだら? 大動脈は停まる。

オレたちは、この地球って星の上に乗っかっている。
それをふだんはころっと忘れている。
この地殻の下には煮え滾ったマントルがあることをね。

いま人類が栄華を誇っているけれど、
それは地球という星の寿命からしたら、瞬きにしかならない。
いまの状態が永遠に続くってことはありえない。

そこに思いがゆくか、ゆかないかってことなんだよな。
みんな忘れているけれどね。
えらそうなこといったてオレだってそうだ。

大海原のド真ん中でシケくらって、
木の葉のように揺れる船んなかで、げろげろやりながら、
人間は、なんてちっぽけな存在なんだって................ 思った。

ま、ずいぶんむかしだけれど、そう思ったことはたしかだ。
アウトドアで遊んで、自然の脅威に触れるとそういう思いが芽生える。
このGWも悪天候下の槍ヶ岳で3人が亡くなった。残念だねぇ。

2155-ar1.jpg

ちょっと雨が強くなってきたぞ。
タワーホテルの上の方が雲に隠れてしまった。
おペケはここの展望台までいったけれど、オレ、いったことがない。

山のてっぺんは好きだが、ビルのてっぺんは、あまり興味がない。
閉所恐怖症だから狭いところへは潜れないが、高いところは好きだねぇ。
中学生のときは自衛隊のパイロットになるのが夢だった。

大空を飛びたいって思っていたし、少年自衛隊員募集だって受けたんだ。
ただし、静岡県で4人だもんな、オレの頭ではダメ。
もっとも、三半規管がこれだから、パイロットはダメだったねぇ。

だからっていうか、山は好きだった。
初めて日本第2峰の南ア北岳へ連れていってもらって、
雲海の上に浮かぶ富士山をみて感動して以来ずっと好きだ。

北岳へいってからもう夢中になって、その1ヶ月後に単独で鳳凰三山縦走した。
もと長距離選手のスタミナが、なんぼ歩いても平気という、
なんか意外な面を見いだして、山歩きが大好きになった。

さらに、おなじ月にこれも単独で富士山へ登った。
頂上でみたご来光が忘れられずに、その翌年は3回も登った。
富士山へはぜんぶで21回登ったと記憶している。

50歳半ばまで山歩きをしたけれど、南アルプス聖岳で仲間たちと、
歩き仕舞いをしてからは、一切登ってはいない。
理由はたった1つ。

「もう、あのころのオレたちじゃない」
もういいよな.......... 誰もがそういって、未練をもたなかった。
最後に広河原で野営しておしまい。

それで、2011年だったか。
富士山5合目までバスでゆき、登山道をちょっとだけ歩いてみたら、
心臓がバクバクして、なんだ、これぇ。って慌ててバスへ戻った。

2155-aa2.jpg

都会から浜松へ戻って間もない頃だった。
仲間が兵峠を向こうへ下った里で、川前結婚式なる酔狂菜ことをした。
兵峠は、遠州から信州へ降りる峠。そのむかしは塩の道でもある。

遠州相良辺りから塩を担ぎ、この道を信州まで運んだという。
オレも、現存する区域を歩いてみたが、いやァ、なんとも狭い。
ま、人1人が歩く幅しかない。

もっとも、東海道だって宇津ノ谷峠の山道なんぞは狭い。
鎌倉時代には東海道といえども難所にかかると、
大八車を分解して担いだってはなしも少なくはない。

で、話を元に戻す。
遠山川を前にした戸外での結婚式は、
渓流釣りが縁結びの二人にふさわしく、全国から著名な釣り師が集った。

オレ自身、都会から帰ったばかりで、兵峠を越えたのは15年ぶりくらい。
ただし、通い慣れた道ではあった。
山歩きに、あるいは渓流釣りにさんざん通った馴染みのある道。

滞りなく式も終えた夕方に、いとまを告げて峠を登った。
ほどなく峠を越えて遠州側の下りにはいる。
しばらく下って気づいた。先ほど登った林道下の集落ではないか。

信州側から峠を越え、また、信州側へ降りてきたのだ。
あれ、まだこんなところにいたのかぇ?
そういって、ほかの知人が峠へ登っていった。

狐に化かされた、とはいえないから、黙って後をついていった。
峠を越えた集落で直角に曲がるところの標識見えずに、
直進して元に戻っていたのだ。

あれがもうすこし暗かったら、
峠を越えては元に戻り、狐に化かされ続けていたかもしれない。
知人に会ったが幸い。無事に帰ってきた。

狐狸はしばしば人をたぶらかし、朝まで同じ道を回らされたりする。
と、オイらが幼いころ、縁側で爺ぃちゃんが語ってくれたものだ。
狐狸、狢は悪さをする。

風呂とみせかけて肥溜めに落とすのは、これだと。
爺ィちゃんは、酔ってうちへ帰る途中で、同じ景色のところをぐるぐる。
これは狐だなと気づき、こらァと大声で叱ったら正気に戻ったとか。

そういったけれど、単に酔っぱらっていただけかもしれない。
こんな話いっぱいもってたから、オレは一生懸命聞いてたねぇ。
で、本音も聞いたことがあるよ。

あんなァ、酔って肥溜めに落ちたら、
みっともなくて、狐のせいにしなきゃ帰れやしねーやな。
これが正体かもしれないねぇ。

最近は、どこも明るいから狐狸妖怪も出るのが憚れるかもしれない。
オレはいつも単独で歩くことが多かったので、
どう考えてもつじつまのあわない不可思議な体験をいくつかしている。

だからな、むかしからのタブーは破っちゃいけない。
そう、山暮らしの爺ィさまに教わったことがあった。
わりと忠実にオレは守っていたけれどねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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暢気かっていわれりゃ、そりゃァ、たまらん暢気 - 2021.05.04 Tue

なんともはっきりしない天気。薄日が差している。
買い物から帰ったおペケが「外は気持ちいいよ」という。
外より家の中が寒い時期なんだな。書斎で21.2℃。

ベランダへ出てみた。そうだね。寒くはない。
フラワーパークへいきたい。売店だけでいいんだ。
この時期はミニバラなどの鉢植えが並んでいる。

さすがにフラワーパークだけあって、
ホムセの花鉢より安いし、しっかりしていて、いい花が咲く。
年間パス持っているんだから、売店だけいけばいい。

昨日あたりのニュースだと、静岡県東部の熱海など賑わっていた。
首都圏からの観光客が多いらしく、
「どこもいかないのはなんだから、ちかくへきてみた」っていう。

観光業者は「ありがたいことで.......... 」というが、地元は複雑。
都内は自粛でも、他県へはいっていいのかぇ。
あとが怖いよねぇ。人が動けばコロナも動くはずだし。

だから、GW中は動かないってことが自衛かな。
オレたちは、おペケが買い物ゆくくらい。
人出があったところは、10日くらいまではゆかないってことだな。

  ←click

「ご飯だよー」って呼ぶからカメラもって書斎から出てゆく。
写真撮って食卓に座って、1日一度のご飯粒だから、
1日でいちばん愉しいのに、いつもの早飯で食べ終わる。

体重計乗ってまったく減っていない。増えてもいない。
「増えないんだからいいんじゃない」て、
相変わらずおペケはアマいしねぇ。

こんところが壁だな。
突破したいな。「歩こうか」とおペケがいう。
「うん」といわないねぇ。

2154-a3.jpg

あるシングル女性から、こんな名台詞を聞いたことがある。
この感情は偽らざる心であると思う。
自分に忠実に生きれば、そうなってしまうと思う。

 どうせ、ここまで1人できたんだもの。
 この先、ひとりだってかまやしない。

1人よりは2人がイイ、それは間違いないけれど、
ここまで甲羅を経てきたふたーりは、そんな単純じゃない。
かまやしないっていう頑固な塊を溶かさなきゃいけない。

それが難儀だ。
溶かすってにいうのは、双方の妥協だからね。
自分を抑えることだからね。

抑えきれなきゃ、「かまやしない」になってしまう。
で、相互の妥協ってのは、摩擦を生じる。
どっちがどれだけ妥協するか。この案配もねぇ。

おペケともほとんど毎夜、Skypeで向かい合って晩ご飯たべていたし、
寝るまで話をしていたから、わかりあったような気にはなる。
けれども、生身ではないからいまひとつ。

それ以上は逢瀬を重ねるしかない。
あちこち歩き、たまには美味いもん食べて、
本音で語り合うことしかない。

 あ、よかったね。
 あ、愉しかったね。
 あ、美味しかったね。

これをいっぱい重ねる。
これが積もり積もって、いつの間にか心が充たされる。
あ、この人でよかったんだといえるようになると思う。

オレとおペケの場合は、正月をはさんで1ヶ月のあいだ
2人で暮らしてみたのだね。
もう、たまりかねて20日でおペケが逃げていったけれどね。

2154-a4.jpg

おペケと気持ちが寄り添うようにと努力する。
これは、あたりまえのことだ。
先々のスパンが短いからといって、急ぐこともない。

空気にはなりきれないけれど、
お互いが空気になったようなフリをするのはイヤだしねぇ。
ときに、心を覗き合って擦り合わせしてゆく。

そのきかっけは、ちょっとしたすれ違い。
いいかえれば、感情の迸り。もっと簡単にいえばケンカ。
ちょっとやりあって、それから心を開く。

だいたい、この爺ィは腹減ってどうにもならなくなって起きてくる。
「眠いィ、腹減ったァ... 」
「それしかないの? たまには愛してるといったら........」

そうおペケがいうけれど、いわないねぇ。
舌切られてもいわないねぇ。
この年代は、なぜか、それがいえない。

いまの世のなか核家族の慣れの果てで、おひとりさまが多いっていう。
あれは、寂しいか、っていわれりゃァ、ま、たしかに寂しィ。
暢気かっていわれりゃ、そりゃァ、たまらん暢気。

この釣り合いなんだな。
たま〜〜〜に寂しさが勝ると落ち込んだりするが、
だいたいは、のんびりこんこんしてええからべぇ。

いつだったか、シニアの婚活をテレビでみた。
それで、女性の求めるハードルの高いのにびっくりこいた。
オレ、即失格だもんね。

誰でも失ったものの再現を求める。
ま、当然っていえば当然。
だから、男の値打ちは財産ですぐに決まっちゃう。

そんな打算でいいのかしらん、と思ったが、現実はそうだよな。
爺ィさまは家事万端してくれりゃ、それでいい。
つまり、それまでの暮らしの維持だ。

婆ァさまは相手に経済力あれば、
それは自分のこれからの生活に直結する。
ま、これだって大事なファクトではあるけれどね。

オレは自慢にゃならね、ボンビーなおひとりさまだった。
とまァ、そういうことになってた。
けれども一人暮らしが不幸だって思ったこたァ、一度もなかった。

自分のシアワセは自分で決めるんだ。
他人の尺度で測られたって、そりゃ、大きなお世話だって、
いつもヘソ曲げてたしねぇ。

が、世間には自分の尺度しかもってない人がいっぱいいる。
別にいたっていい。自分が自分を貫けばいいだけのこと。
オレは逃げる、くわばら、くわばら。

ま、財産があれば愛もうまれることだってあるだろうが、
男の値打ちは財産ってのはわかるが、
はてさて、それだけ望む婆ァさま自身の値打ちは............. ま、いいや。

でも、蓼食う虫も好き好きだっていう。
こんなオイらでもいい、って酔狂な人はいるもんだよねぇ。
ま、その過程は3年もあったけれど、不必要に晒すことはない。

20日で帰っていったお人が、その半年後に家財もって戻ってきた。
ま、そこから6年経ったって人生は、捨てたもんじゃない。
コロナに罹らないようようにして、あと10年は伸ばそうよ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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いまの世のなか桃太郎侍は...................... おらんッ - 2021.05.03 Mon

雨上がりの風が吹いている。寒いんだな。
書斎で20.8℃。3月中旬の気温だから綿入れ袢纏脱げない。
「5月だもんねぇ」とおペケがいう。

そう、5月なのにこの寒さはなんなんだ。
発熱下着をそのまま着ているし、電気毛布入れてるし、
さすがにエアコンはいれてないが、炬燵もそのまんま。

昨夜、向かいのスーパーのネオンがなぜか点灯されなかった。
それをおペケにいうと「え、コロナがでたかッ」と、
ま、何事もそっちへ結びついてしまうわけで.................

だいぶ遅れて「点いたよー」と、そんなことでホッとする。
「どこかへゆきたいねぇ」というのだけれど、
街の中には他県ナンバーが増えているから、GWはやめておくか。

ここをすこーし我慢しとけば365日が連休の連中には、
いつでもいけるわけで、ひろーーい屋外の、
ガーデンパークがいいではないかと、いうはなし。

ここまでは、なんとか感染せずにすんだ。
けれども、油断をするわけにはいかない。ちょっとの我慢はしよう。
最初のワクチンは6月30日だからね。

「あのねぇ。あれ、なんだっけ?」
おペケがなにかを忘れて聞きにくる。3人寄れば文殊の智恵とか。
この家には2人しかいないが2人で連想ゲームする。

「あ、あれだァ」とめでたく出ることもあれば、
でてこないこともあるが、思い出す努力はしないといけない。
だいたい、思い出すのはオレなんだな。

「私のほうが先だよねぇ」
ま、それほど考えるこたァないんだ。そんなことわからない。
おペケのペケはオレがフォローし、オレのペケは彼女がフォローする。

いっしょになって、いっしょうけんめいに生きる。
だから安心しろよ。
って、世話になるのはオレかも知れないし...........

  ←click

身欠きニシンがあったからって、またキッチンに籠もった。
かなり手間をかけて、自己採点100点だそうな。
ニシンだろ、椎茸だろ。どっちもプリン体がかなり含まれる。

「お味はどう?」と味見にもってくる。
「うまいよ。でもプリン体が......... 」
魚は干すとプリン体が増えるんだよな。椎茸もそう。

美味かった。
通風の痛みにおびえつつ箸を進める。
そのうち美味さが勝って、ま、いいかになるゥ。

2153-a3.jpg

珈琲すすり終えるまで、ぼけぇぇ.................. としていた。
今日はいくんちだ? ぇ、3日か。
早いねぇ。このあいだ誕生日だなんていってたのにねぇ。

爺ィの日々はすっとんでゆく。
まァ、爺ィにもいろいろあるけれどねぇ。
オレはえらい頑張ってる爺ィでなくてもいい。

飄々と遊んでいきたい。
たぶん、90歳過ぎても、こういってると思う。
思う、だからねぇ。その前におさらばしてるかもしれないしィ。

アラカンのときにもそう思ったな、たしか。
60歳代突入ってのは、けっこうなインパクトがあるんだ。
あそこが、爺ィも婆もひとつの区切り。

なんだィ。オレも、いよいよ、こっち側の仲間かァ。
ちょっと焦ってね。いよいよかァってのにね。
50歳代はまだまだってイメージがある。

けれど、60歳代ってのは、
あァ、一つ超えちゃったァ。あァ、60歳になっちゃった。
いよいよ爺ィの仲間だァ、でも頑張らなくちゃァ...........

なんて、悲壮感漂わせてるのが還暦なのだ。
つまり、こっち側へきちゃったのに慣れていない。
自分のなかで往生出来ていない。

それを古希を通り過ぎたこちとらがみれば、
な〜〜〜〜にいってんだか。さきはまだあるんだぜ。
いまや60歳洟垂れなんだからな。

って、別に先輩ぶるわけじゃないけれど、
その悲壮感がちゃんちゃらおかしィとはいわないよ。
そういう気負いも悲壮感も自分が通った途なんだから、憶えがある。

よーこそ、こっち側へ !! ってね。
ピカピカのランドセルで、気負ってる1年生を見守る4年生って、
気持ちだけれど、まだ、上には6年生も中学生もおるでぇ。

2153-y1.jpg

釣り師ってのはね、包丁を大事にするんだ。
ま、すくなくとも、わが家系はそうだったな。
明治生まれのジィちゃんも父親も、男子厨房に入った。

釣り師は、釣ってきて、料理して、美味いといわせて一人前。
これがごんべ家の家訓だったからね。
で、魚は切れない包丁では不味くなる。だから研ぐ。

出刃包丁、刺身包丁、あじきり包丁一式を、オレももってる。
だからおひとりさまのとき台所にたっても、
菜切り包丁がちょっと切れなくなると、砥石もちだして研ぐんだ。

玉葱すぱァー、ニンジンすぱァー、胡瓜すぱァー。
こいつかは指先まですぱァー、ま、よく切れた。
で、おペケもマイ包丁を持ってきた。それで自分で研ぐ。

「そろそろ砥いでください.......」と亡き人にはいわれた。
「う、うん」って返事はする。けれども、なかなかやらない。
なのにィ、自分で包丁握るとなるとよく砥いだのだ。

とかく、この世はそなんなもの。
ほら、そこのあなた。相方、大事にしなされや。包丁研ぎなはれや。
え、大きなお世話でぇ? えらいすんまへん。

2153-a4.jpg

こんなはなしがある。
あるお笑い芸人さんが何年分かの税金を払わんでいて、
謝罪会見したわけだけれど、世間は案外と冷たかったのだ。

あのとき、オイら謝罪会見をみて、こう思った。
そらそうや、あんたの認識がアマかったに決まってるゥ。
それくらいのバッシング受けてもしゃーないだろってねぇ。

ここでしおらしくしとけば、世間はすぐ忘れる。
ま、世間はそういうもん。オレは、人身御供。運悪かったな。
まァ、そう思ったか、どうか知らんが、復帰までわりと時間がかかった。

このお人にかぎらずいまどきの世間は厳しい。
これからは、あんたの芸見ても、笑えんでぇ。
って、相手にしてもらえんから、闇営業の人みたいにyoutubeに逃げる。

世間さまは、「あんたにいう資格はない」だとか、
謝罪したらしたで「そんな謝り方はないだろ」って手厳しいのだ。
以前は、人の噂も七十五日といった。

江戸のむかしから75日っていうのは、ひとつの区切りであった。
これくらいで、人々の意識のなかから遠のいていったのだ。
だから、ついこの間までは75日くらいひっそりしてればよかった。

これね。死罪になった囚人が、最後に食べたいものを願い出る。
で、なるべく手に入らぬものを願い出ると、75日の猶予で探すっていう。
つまり、七十五日は処刑が延びる。ここから七十五日がでたとか。

名古屋に「やーとかめ」という言葉がある。
これは五日多い八十日目ってことで、
「やーとめだなも」といえば、おひさしぶりってこと。

で、情報過多の現代は、
サイクルが75日よりはやいかと思ったら、とんでもはっぷん、
情報を受ける側も発信するわけだから、エンドレス。

youtubeなんぞ、いつまでも残っているから、ひょっこっとでてきて、
理不尽がまかり通るくらいに蒸し返す。
2年経っても禊ぎおわらへん、しっかり憶えてるでぇってねぇ。

ま、Webの世界っちゅうもんはこんなんらしい。
とくにWebには消したら余計にでまわるってセオリーがある。
よくもまァ、っていうくらいに誰かが魚拓 (コピー) とってるからね。

本人が消したつもりでも、ま、半永久的に残ってゆく。
だから、75日過ぎたって消えはしないよ。
理不尽だって、ま、大概は自分で蒔いたタネ。またはブーメラン。

ひとつ人の世の生き血を啜り、
ふたつ不埒な悪行三昧、みっつ醜い浮世の鬼を退治てくれよう。
なんて、いまの世のなか桃太郎侍は...................... おらんッ。

くわばら、くわばら。
オレもあんまりエラそうなこと、いわんとこ。
ほなあした.......................

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少しくらい足が痛くても黙っていて食べる - 2021.05.02 Sun

15時に伊豆半島で暴風雨警報がでた。昨日から大荒れだね。
昨夜は、雷ピカピカごろごろピカッ、風も吹いていて、
竜巻警報がでていたが、静岡県の牧之原で竜巻が発生した模様。

轟音とともに家が吹っ飛んだって、とんだGWになった。
今日も風が吹いているし、明日からは浜松祭。
半分くらいは参加するらしいが、この風では凧揚げもタイヘン。

大凧っていうのは、風がなくては揚がらない。
風があっても揚げにくい。ま、中止ではないけれど、
盛り上がらないことこのうえなし。

この凧揚げは浜松市南部の中田島海岸で行われるが、
これまでに糸が切れて、そのまま飛んでいって、
最も遠くまでいったのが約50km離れた御前崎までいった。

残った糸と凧の大きさと風のバランスがうまいこと整って、
海上へ落ちることなくこんなに飛んだことは、
いまだかつてないそうだ。

この凧揚げの起源は、室町時代の永禄年間に、
引間城 ( 浜松城) の城主であった飯尾豊前守の長男誕生を祝って、
大凧を揚げたのがはじまりとされるが、これがどうやら誤りだそうな。

ま、500年近い歴史を持つとすればカッコはいいが、
飯尾豊前守の話は別で、どうやら明治になって、
消防組がタコ揚げを競ったのが始まりらしいってことになった。

が、オレが3歳くらいで法被を着た写真があるし、
オレの名を入れた初凧も作ったというから、戦前だって祭りはあった。
だから、男子の節句の祭りとして、存在していたことはたしかだ。

それが市をあげての祭となったのは昭和25年のこと。
この年に東海道線の沼津ー浜松間が電化された。
この14年後に新幹線が走るんだから、そのテンポの速さに驚く。

オイらが子供の頃は、しゅっぽしゅっぽと蒸気機関車で、
いつも駅西の地下道へゆく途中で、
あの蒸気の匂いを嗅ぎながら、半日くらいずっとみていた。

ちと脱線したが、いまは新たに合併した町内も参加して、
百何十の大凧が揚がるけれど、糸切り合戦も、
オレ達が若い衆の頃のど迫力はまったくないのは残念に思う。

2152-aa1.jpg

おまけに、このコロナ禍で参加町内が半分に減って、
会場内には一般観光客は入れないとか。
もうひとつおまけに、夜の御殿屋台引き回しは中止。

そりゃま、これだけ大きな祭りともなれば、
この祭りだけのご商売もあるわけで、2年続けての中止は痛い。
けれども、なんといっても威勢のいいのが売り物の祭り。

わっしょいともいえず、肩ぶつけあっての激練りもできず、
これじゃやめておいたほうがいい、ってのもわかる。
今夜は、本来なら前夜祭だけれど、うちの町内は静かだな。

で、おペケに聞いてみた。
「祭りの寄付を集めにきたかしらん?」
「なかったと思う」っていうから不参加らしい。

  ←click

キッチンから煮物の匂いがする。
「なんだろうね」と鍋覗いてみたら、ニシンを煮ている。
「ちょっと味みて............. 」

「もうすこし濃くてもいいかな」とオレがいうと、
「このごろ、あなたの好みがかなり濃くなってない?」
そうかもしれない。もともと濃いのが好き。

でも、塩分控えめに.............. とセンセがいつもいうからに、
なるべく淡泊にしてもらっていた。
なんかどこかで、その自分なりの歯止めがとれたのだね。

血圧も安定しているし、美味しいといって食べる方がいい。
ここまできたら、もういいじゃん。
って、ほんととはダメだなァ。もうちょっと薄くしておくれ。

 

いつ頃からいわれたのか、いわゆるマイホーム核家族世代が、
爺ィさま、婆ァさまとなったけれど楽隠居ともいかず、
おちおち真性爺婆もしてられないっていう老人社会に突入。

でも、気負いだけは衰えちゃいない。
鼻っ柱ばかり強いシニア、シルバーが増えてるらしい。
それから高度成長からの繁栄を引っ張ってきたという自負も始末が悪い。

そんなもん、いつまでも鼻の先へぶら下げていたって、
自分がみじめになるだけなのだけれどねぇ。
けれども、これに縋らないと、ほかになんにもない。

この団塊世代も高度成長時代の元企業戦士が多い。
つまりは企業戦士のなれの果てだから、プライドだけは強い。
オレたちはプレ団塊世代で、ちょっとだけ先を突っ走ってきた。

そのあとにわっせわっせの団塊が続く。
もっとも、オイら途中からいちぬけのローンウルフだから、
サラリーマンのこたァよくわからん。

おりからバブル期でねぇ。
ま、いまとくらべればシアワセな世代ではあったと思う。
バブルはじけて、すってんころりん。

それでも、あれがバブルだったんだな。
いやァ、あの頃の商売すごかったァ、といえるだけはいい。
おペケもそこをくぐってきた。

もはや戦後ではない、といわれたのが昭和30年代。
朝鮮戦争特需をきかっけに子の国は立ち直った。
しゃかりきに働く国民によって、めざましい復興を遂げていった。

給料が倍々と増えてゆく頃はサラリーマンだった。
それで得た「この世のシアワセというもの」と引き替えに、
捨ててしまったものも多くある。

いま、そのツケに悩まされているってこともなきにしもあらず。
速いテンポでアメリカナイズしていく世の中は心地よかった。
しかし、どこかで「自己中心的思考」が潜り込んできたのだ。

日本人が変わってきたのは否めない。
ただし、アメリカも変わった。
その象徴的なのが、このまえの大統領選挙だろうね。

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おペケ大明神が毎日美味いモノつくてくれるから、
めんどくせぇーから、なんかぶかっけて猫まんまってのも、
なくなったけれど、卵かけ+シラス混ぜ猫まんまで8年余生きてきた。

大根おろしに「おかかかけ」てのも大好き。
鰹節でなくて、サバ節とか、いわし節だとかのほうが好き。
これも、実はプリン体だからねぇ。ほんとはいけない。

むかしはって、オレが子供のころ、カツオブシを削るのは、
男の子の仕事だったから、「カツオブシ掻きな」といわれて、
箱にカンナがついたようなもんで削るんだね。

そのカツオブシがチビってくるのが愉しみ。
「バァちゃん、もう、食べていいか?」て聞く。
「あ、いいよ」と許可が出て、口んなかへしばらく入れとく。

これがやわらかくなるのに大変なのだが、こういうのがオヤツ。
あるいは、大きな10cmくらいの煮干しだとか。
こういうのを食べてたから骨は強い。一度も骨折したことがないぞ。

そういえば、鰹節の消費第1位は高知市、2位が仙台市、3位が福島市。
たしか、5年くらい前は1位が那覇市、2位が静岡市、
3位がわが浜松市だったはずだが、変動があったのかな。

おひとりさまのころは「あごだし」を使っていた。
あごってのは「トビウオのだし」なのだけれどね。
これがすんごい効くんだ。

以前は「かきこ屋」という「おかか専門店」があった。
化学調味料が普及して、かきこが高級品になって、庶民から離れた。
そうならざるをえない社会になっている。

希少価値を売り物にしないと残っていけない食文化。
これでいいのだろうか?
なんてオレがいってもしゃーないか。

駿河湾のサクラエビが獲れないっていう。それでも獲っている。
獲ればなくなってしまう。でも獲っている。
この先どうなるかって、それは自然界のことだからわからない。

シラスはイワシの仔魚。ま、むかしはイワシなんて無尽蔵だといわれ、
日本全国で田圃の肥料になったほどだが、いまはそれほど獲れない。
でも、獲れてるから獲ってる。おかげでオレが食べられる。

都会暮らしでいちばん辛かったのが、シラスが食べられないこと。
デパ地下でたか〜〜〜〜いシラスを買って食べた。
だから、浜松へ帰郷すると半年分を買って帰ったもんだ。

いま、日常的に食べられる。
最近は通風もでてこないから、このときとばかりに食べる。
少しくらい足が痛くても、黙っていて食べる。

このシアワセを逃がしてなるものかと食べる。
ま、痛いのは自分だからいいじゃないかって食べるゥ。
あ、おペケにはナイショ。シィーーー。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

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わからないことなんぞ案ずることはない - 2021.05.01 Sat

なんと昨夜は13.5時間も眠ってしまった。
ご飯あとにテレビ視ながら1.5時間、22時に目覚めて、
「寝るゥ」とベッドへゆき、それから9時半までぐっすり。

天気が悪かったので薬を飲んだ。
それが、こんなにも効いてしまった。1日の半分眠ってるゥ。
今朝は頭はすっきり。だが、天気は再び下り坂。

GWなんだけれどねぇ。
浜松祭も盛り上がらないし、コロナ怖いし、どうする?
なんていいながら、人の少ない山寺でもゆくか。

そうだ。方広寺の新緑に包まれた羅漢坂がいい。
けれど、あそこは坂道きついしな。
やっぱり家にすっこんで、ぐだぐだしているか。

評論家が余分なことをいう。
開業医のセンセもタイヘンだよ。発熱患者だって、
けっこうあるみたいだし、センセはワクチン終わったのかねぇ。

今月の半ばからはワクチン投与が始まるし、
もしもの異常反応にも応えなくちゃいけない。
わりとノンビリだなんて、どこを見てきたんだろうね。

そもそも、それだよ。
オリンピックがもうじきはじまるっていうのに、
え、オリンピック関係の医療がそんな案配なのか?

ま、この国はぐちゃぐちゃ。
国内は自粛要請でコロナ倒産でているのに外国人は入ってくる。
医療機関は摺り減ってるのにノンビリといわれる。

オリンピックは中止すべし。ついでに次の北京も中止。
ワクチン打ってじっとしている。
いままで人類が制圧できたウイルスは天然痘だけなんだからね。

2151-a2.jpg

こういうニュースがある。
ワクチン接種翌日に大動脈解離で死亡が新たに9人死亡で計19人。
厚労省の有識者検討会は、接種との関わりは評価できないという。

インフェルエンザのワクチン接種後だってなんらかの軽微な異常はある。
オレなんて倦怠感、口が痺れる、頭が重いなんて毎年のこと。
ま、コロナワクチンで死んでしまっても、それはそれでしかたない。

コロナに罹って肺が縮んできて苦しんで死ぬよりは、
ご飯食べてあとに大動脈解離でこてんのほうがなんぼかいい。
ま、それで死んだのが19人だろ。騒ぐほどの数ではないね。

おペケに、そこをいってみた。
「それはそれでしかたがないはなし」
そうなんだよな。それで死ぬのが運命ならしかたがない。

オレの叔母は結核で2人亡くなっている。
姉があったがジフテリアで亡くなったらしい。
むかしから伝染病だと、最期を見取れなかったのだ。

バァちゃんが、それが不憫で......... とよくいっていた。
コロナで誰にも看取られず骨になって家に帰るよりは、
おペケの隣でこてん、がなんぼかいい。

2151-a2.jpg

オレ、ほんとは赤味噌派なのだが、
塩分控えめゆえに、ワガママはいわずやせ我慢して白味噌。
ところが、赤味噌には、なんやら健康要素があるらしい。

それは塩分過多をうわまわるとか、なんとかいうが、
それをよーく考えてみると、塩分過多はそのままあるわけで、
いかなる健康要素があろうとも、オレにはダメなわけだ。

隣のセンセはメタボだなんて一言もいわない。
ただ、毎度「塩分は控えて.......... 」という。
だから、これは大切なんだな、って我が儘なオレでも思う。

味噌汁が大好きだから、1日も欠かさない。
おひとりさまのときも、欠かさずつくってた。
といっても、フリーズドライの具に生味噌いれ......... ってヤツ。

沸かしたばかりの湯を注ぎ、
これに刻みネギひとつかみ、ときに揚げ玉ぱらぱら。
これで立派な味噌汁になる。

けっこう美味いのだ。
一人暮らしにゃこれで充分といってたが、
ふたり暮らしでも、これにひと手間加えりゃ、それで充分。

いま、おペケはそれに似たようなものを作るが、
で、とろろ昆布を少々いれる。
ほんとは塩分控えてやめたほうがいいのかねぇ。

  ←click

降圧剤は飲んでいるけれど、今朝あたりで125−65だから、
血圧はそれほど高くはないし、乱高下することもない。
コレステロールも糖尿もリミットすれすれ。

ま、ひょっとしたら血栓で死ぬかも知れないし、
おペケの母上は風呂上がりに座ったまま、
心臓停まったというし、それを案じてもしかたがないのだ。

ゆくときはゆく。それがいつなのかは誰もわからない。
わからないことを案ずることはない。
なるようにしかならんのだから、天に運を任せるしかない。

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この家系にデブはオレの知る限りでは、
オイらを溺愛して育ててくれたバァちゃんだけ。
この人、18貫あったというから80kgちかくだったのだ。

このバァちゃんは押しの利く体格で、ほっそりとしたジィちゃん、
尻の下に敷いていた雰囲気には、幼いながらも記憶がある。
ジィちゃんは背中に刺青があって、いつも着流し、ほっそり粋な人だった。

一緒に銭湯にいき、ボクも大人になったら、
背中にこんな絵を描くといってこっぴどく叱られた。
なんでダメなのか、オイら不思議でしかたなかった。

だってねぇ。
あの頃の銭湯の湯船には、ひとりやふたりいたからね。
いっぱしの職人は背中に絵があったもんだ。

それで秋になったばかりの日に、
ジィちゃん、寒いといって昼間から布団に入った。
その翌日の夕方、酒がほしいといい、茶碗に一杯ひといきに飲んだ。

「ああ、美味いなァ」といったのが最期の言葉。
鼾を掻いて眠りこけ、それがやんだときには、あっちの世界へ旅発っていた。
ほんと大往生。オレもあんな風にイきたい。

たしか、ブラームスはワインを飲み、
「ああ、美味かった」といって逝ったらしい。
うちのジィちゃん、ゆくときも粋だった。

で、残ったバァちゃんは、
勝ち気、気丈でオイらの実母を追い出したくらいの人なのに、
ジィちゃんいなくなったら、急に元気がなくなった。

次第にバァちゃん元気がなくなっていって、
わけもなく寝込んでしまい、
一年経たずにジィちゃんの後追ってィっちまった。

明治5年生まれのジィちゃんは93歳。
バァちゃんが89歳だった。
まだ、オレはジィちゃんの年齢まで10年余もある。父親だって90歳。

えっ、まだそんなにあるの?
改めて考えてみると大変なこっちゃ。
天に任せるしかないけれど、オレ、そこまでもちそうもないなァ。

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だけど、10年くらいは過ぎてみれば、あっという間。
おペケと暮らすようになって6年なんだし、
あと5年も踏ん張れば、おペケへの義理も果たせる。

おペケは年齢のことなにも考えなかったというが、
オレは「だけど、あと10年くらいかもしれないよ」って、
それでもいいかって、彼女に聞いたはず。

そういう意味のおペケへの義理だけれど、
おひとりさまが9年ちかく、それからがはやくも6年。
過ぎてみればほんとに早い。

ほんと人の世は儚いっていう。
はかないって字は人に夢なんだね、
人の世はまぼろし。あるいは夢のごとくはかない。

 人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ

幸若舞「敦盛」の一節で、信長が好んだとされるが、
どうせ、人間50年じゃないか、っていまどきの解釈は、
信長の生きた中世の考え方では間違いらしい。

人の世の50年なんてものは、化天のうちの瞬間に過ぎない。
儚いもんだよ、ということ。
ま、それなりのストーリーがあるんだな。

平家の武者を討った源氏の熊谷直実が、
その日の若武者、敦盛が16歳の若さだと知って世を儚み、
やがては出家するという。これが、幸若舞、敦盛のあらすじ。

信長は、人の世の短さ、儚さの無常観をいったのではなく、
どうせ、この世に生を享けたならば、
太く短く思うことをやり遂げるべきと考えたのだ。

なのでこの件 (くだり) が大好きなのだが、
まァ、オイらの生涯などちっちゃい、ちっちゃい。
と、縮こまったところで、あと5年は生きなくちゃいかん。

今朝の静岡新聞の小説「家康」にはこうある。、
神田の台地に甲冑姿の重臣を集め、金陀美具足を纏った家康公が、
「厭離穢土 欣求浄土」の本陣旗を立て、朝日の中で一同に示した。

 この関東で、
 今日から我らの新しい暮らしが始まる。
 東を見よ、西を見よ、そして南をみよ。

江戸、すなわち、いまの大東京は、
この黄金色に染まった朝日のなかから始まった。
あれから、わずか500年ではないか。

化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。
ま、それほどに我を張ることもない。
すべては天にまかせて、爺ィはその日を愉しく暮らす。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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