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2020-09

トンカツにかけたソースの焦げる匂い - 2020.09.20 Sun

雨が降って いる。しとしと音もなく降る雨。
朝がた、奥方から電話があった。
電話が鳴るとビクッとする。辛い報せじゃないかと.............

今夜が峠だそうで、家族に合わせてあげてください、と、
病院側から伝えられたという。
「よろしかったらいってあげてください」

短い時間で迷った。
コロナ禍ゆえに、集中治療室へ入れるのは1人。
オレに耐えられるか。生死の狭間を彷徨う親友の顔をみられるか。

「ごめんね」
オレは、たぶん、冷静にアイツの顔をみられない。
奥がたの好意に感謝しつつ辞退した。

つらいなァ。
大腸ガン。3度も切除したらしい。
それに耐える体力がなかった。

あの人ねぇ。我慢する人なのだ。なんでも我慢してしまう。
給付金で新しいカメラ買って、写真撮りにいこうな、といったのにィ。
つらい。

下の写真のなかに、彼がいる。オレもいる。
これは去年の春か。

 869457_1544150812.jpg

娘との電話で、親友の話をした。
「なぜ、会いにいかないの」といわれた。
「顔を見るのがつらい」

「そうなの?」
「オレのなかに、アイツの元気な顔のままで残したい」
「だって、一度は会うんじゃないの」

オレはいまでも、亡き人の救命器具のカタカタと鳴る音を、
絵のない夢のなかで聞いて、目を醒ます。
未だに、あの辛かった14時間が脳裏に残っている。

それを伝えると、娘がいった。
私は、お母ァさんが頑張っている、
私も今できることをしてあげなきゃ......... と思ったという。

オレは心のなかで、
もう充分に頑張ったからね。
もういいよ、おゆき................... と念じて手を握り続けた。

娘と父というより、母と伴侶へ対する気持ちはちょっと違うらしい。
なにを今更だけれど、ふと感じた次第。
しかたのないことだけれど、つらいねぇ。

でも、しかたないものはしかたないんだ。
ず〜〜〜〜〜〜と大昔から人の世の倣い、こういうもの。
めそめそしてるなよ、おまえ。

 20920-f4.jpg

「豚肉だけれど、焼くのとカツとどっちがいい?」
「そりゃァ、トンカツだべな」
ってなわけで、昨夜はカツをあげてもらった。

やっぱり揚げたては美味い。
ジュウジューいってるのがたまらん。
ソースの焦げる匂いがいいなァ。

 

トンカツといえばね。
オレが幼い頃、父親が接待で酔っ払って帰ってくると、
その手にぶら提げた折のトンカツが美味かった。

酒臭い域をふっかける父親の膝を我慢するのは、
このトンカツをつまみ食いしたいがため。
冷えて、脂身が白くなっていて、それがまた美味かった。

お店の名前が「よか楼」で、たしか大映の裏の方にあったと思う。
あそこのトンカツは日本一だったな。
大人になって何回か店に行った。けれども、いつも納得しない。

たしかに、店で食べても美味しかったが、
あのときの味ではない。
ま、あれは思い出という味付けが加わった幻の味だからね。

この「よか楼」さん、いまはないらしい。
ちかくに「幸楽」という名店があるらしいから、
いつかウーバーイーツで頼んでみよう。

 20920-f1.jpg

あの蛞蝓のでる、おんぼろ学生アパート時代ってのは、
2食賄い付きで3500円だったけれど、
食事室へゆくと盆の上に1人分の食事が乗っている。

5時には並んでいるので、盛り切りのご飯も汁も醒めていた。
おまけにくる日もくる日も魚肉ソーセージ炒め。
だから、バイトのカネが入ればカドの定食屋へいった。

定食が100円だったから良き時代。
フライ定食だね。
揚げたてでソースの焦げる匂いがした。

それがまた幻の味で、これまた脳裏に染みついている。
のちに、そこを東京出張の折に訪ねたことがある。
おんぼろ蛞蝓莊のあたりは立派な高層マンションが建っていた。

で、カドの定食屋は洒落た喫茶店になっていた。
カウンターの中にいた女性に尋ねてみた。
「あらァ、わたし、娘ですぅ」

「あのアパートにいた方が寄ってくださいますよ」といい、
「実は主人もあそこの住人だったんですぅ」
なんかねぇ。手ぶらでいったのが恥ずかしかった覚えがある。

 20920-f3.jpg

TB病棟をでて、富士山の麓で療養していたころだった。
ある日、先輩が会いたいと電話をくれた。
オレが喀血したときに、ずいぶんと世話になった先輩だった。

おかまの先輩ではない。麻雀のほうの先輩。
「オレな、あと少しで死ぬんだ」
先輩は、いきなりこういった。肺癌だといった。

私の下手な麻雀を、「そんなものやめちまぇ」といいつつ、
オレが負けは込んで、にっちもさっちもいかなくなると、
自分の稼ぎをまわしてくれた。

で、先輩のアパートで、無造作に見せられた札束が150万円。
「これで最後の勝負さ」
明くる日、いっしょに競艇場へいった。

大胆に買う。取る。
さらに大胆に買う。最終レースのときには400万円になっていた。
ダスターコートに札束をねじ込み、そのまま女を抱いて眠る。

そのまた翌日は最終レースまでいかないうち、
コートのポケットはペシャンコになった。
「あァ、面白かった。ジンクス、破れなかったな」

余命の少ない人の大勝負は勝てない。
勝負ごとにはそういうジンクスがあるそうな。
で、こういった。

「つきあってくれて、ありがとう。 
 これで、思い残すことはことはないや」

おまえ、身体が回復したらオレの分まで生きろよ。
長い人生のなかで、3年くらいのロスなんて、
たいしたことはないんだからな。

先輩の亡くなったという報せは、富士山の麓まで届かなかった。
あの大勝負の3ヶ月あとに、彼は誰にもいわず旅発っていったらしい。
1年後に、風の噂で聞いて、東関東のある街に先輩の生家を訪ねた。

意外なことに長い塀に囲まれた旧家が、探す家であった。
仏間に招かれ、線香をあげさせた貰った。
彼もまた安保闘争の先頭に立ち、苦悩の青春を送った一人であった。

帰りの電車の中で、
♪夜が明ける 日が昇る. 朝の光のその中で........と、声にならない声で、
彼の好きだった「アカシアの雨のやむとき」を呟いた。

嵐のような時代のうねりのなかで、
あの当時の若者たちが背負った苦悩は、
半世紀ちかくを経てなお痕跡を遺しているのだねぇ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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