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2020-09

幸福とは健康と物忘れの早さである - 2020.09.03 Thu

「今夜は満月かな」とおペケがいうから月齢をみると14.7日。
それで窓を開けてみると「え? 雨が降ってるゥ」だった。
真夜中の雨はすぐにやみ、涼しくなるかと思ったら、むわァ。

にわか雨で周囲のアツくなったコンクリートの街から、
雨が蒸発して湯気になったような、降る前より暑くなった。
エアコン入れようか、ってことで、なんと10時半まで眠った。

「また、1日が短くなるゥ」
10時間余り眠っといて、そういってりゃ世話ァない。
朝昼いっしょのご飯食べ終わったら13時だものねぇ。

おペケは美容院いこうか、さんざん迷って、
自分でカミを染めることにした。
「ちょっといってくる」と染髪料を買いにいった。

どこかで遠雷が鳴って、電気が一瞬フラッとしたら、
あらァ、また雨だよ。空が不安定だね。
ほんのちょっとの通り雨。道路が濡れてすぐに乾いた。

 2093-a1.jpg

「この年代の男はいわないのよ」
妹2がなんかのときにそう弁護してくれたのだ。
そう、女性に対しての素直な「感謝の言葉」だけれどね。

ありがとうって、ほんとうに魔法の言葉だと思う。
いわれて怒る人はいない。
人と人の緩衝材なんだろうと思う。

亡き人が障がい者になり、世間さまのお気遣いに対して、
わたしがお気にかけていただくのは、ありがたいことだからと、
口癖のように「ありがとうございます」といった。

付き添っていたオレも、
その言葉の意味やいうべときがわかるようになり、
いつしか「ありがとう」を素直にいった。

おひとりさまのときだって、世間のいたわりに気付くと、
はじめは「そんな年寄りかオレ.....」と抵抗しつつも、
素直に「ありがとうございまいうようになった。

「わたしにも、もっといってよ」とおペケがいう。
テレはある。たしかに。
でも、世間のオヤジ、ジジィよりはいってると思うよ。

 2093-a4.jpg

これで、冷凍貯蔵のマグロが終わり。
今回はいい部位ばかりで美味しかった。
最後の塊を解凍したものだから昨夜もマグロの刺身だった。

「あと切り出しも煮てあるからね」
「この薩摩揚げは美味いな。さすが焼津だ」
「あら、山口県産だよ

ついでに恥かいたじゃんか。
けれど、故薩摩揚が美味かった。
むかしから、ごぼ天っていうのも好きだったね。

 
 
2年前のはなし。
焼きうどんをつくってくれぇといったら、
「ちょっとやってみてぇ」

そういうから、キャベツ切るところからやった。
「へぇぇ、三角に切るんだ」
と、オレの料理を面白がっていた。

こんなものはキャンプの鉄板料理の延長だからね。
やむをえずしてやった男料理だからねぇ。
セオリーを知らん。ええからべぇ。

「あ、このキャベツの切り方、いいかも」
それそれ、いいとしたらコロンブスの卵。
それで食べてみていうに、「あれま、うまいわ」って。

それそれ。
人のつくったものはうまい。
自分がやらなきゃ、美味いものなんだな。

 2093^m3

「あなたは、失敗をそんなに重ねても、
 なぜ、また行こうとするのですか」

と、記者がしつこく食い下がったので、
その登山家は半分ヤケクソでこういったのだ。
「そこに山があるからだろ💢 」

あなたはなぜ山へゆくのですか、の問いに、
そこに山があるからだ、ってのはいまどき定石だが、
そのはなしの発端は、すこーしニュアンスがちがってたそうな。

ま、その話は前にも書いたから省くが、
この登山家はのちのエベレストで遭難して亡くなった。
ただ、山好きの感情にこの言葉はぴったりなのだ。

苦しくて、苦しくて、もう二度とこないぞ、なんて思っても、
下界へ下りるとすぐにいきたくなる。
ま、それが山がそこにあるからなのだけれどねぇ。

オレたちの山仲間は50歳半ばで、みんな山を離れてしまった。
もう、あのころとは違うからさァ。
理由はこんなわけわからないものだった。

オレは60歳を境に磯釣りをしなくなった。
あのとき、伊豆半島先端の下田沖にある神子元島青根に、
飛び移った際に滑落し、海への転落は免れたものの己の限界を知った。

もうこれ以上やってはいけない。
そこに海があるからといって、いってはいけない。そう思った。
己を知ることが、世間に迷惑をかけないことなのだとね。

まだまだイケる。そのために頑張る。
こういう思いとは相反するのだが、オレ自身は退いたし、
仲間たちもみんな退いてさばさばしている。

若いうちに限界を知っておくことは大切なのだと思う。
そこに山はあるし、海もある。
が、オレたちはあの頃のオレたちではない。ただ、その一点。

 男は遊びに浪漫を抱くべし。
 されど退き際をも知るべし。
 浪漫を浪漫として抱き続けるために。

なんちゃって........
みんな、ええかっこしィなんだよ。
へたばって、いたわられたくないって、ただ、それだけのこった。

だから無理しない。
それがいちばん。身の程知るってこと。
高齢者の山の事故をみると、ほんと寂しくなる。

 2093-m2.jpg

調べることがあって、このブログの過去ログを辿ると、
否応なしに、あの頃のオレにぶつかり、うん、ヘンな気分。
あのころのオレが愛おしい。抱きしめてやりたくなるゥ。

健気なんだね、いっしょうけんめい。
独りで生きることに、いっしょうけんめい。
シャカリキになってるあの頃のオレに、いまのオレが笑ってる。

 可笑しくもないのに笑う。泣くのが嫌さに笑う。
 ひとしきり笑って、ま、いいか。これが現実だもんな、
 どうにもなりゃしないさ、がんばろーと。

 こういうときは、あの人の写真の前にはゆかない。
 絶対に、あの人の瞳の奥が寂しそうだからね。
 ごめんね。そういってるからね。

 遠くのほうから、
 ちいさい声で「ばーか」とだけ、つぶやいておく。

いま、読んで,いまのオレがジーンとしている。
一人になって半年、初めての寒さが、こんなに身に沁た、心に沁みた。
そうだったよなァ。

二度目の冬だって、あまり変わっちゃいなかった。
三度目だって.....
四度目で、ころりと変わったかもしれない。

あたふたしなくなった。
しょんない、しょんない。冬は寒いものさ。
そう思えるようになった。

おペケと知り合ったのはおひとりさま7年目の終わりごろ。
それから2年でここへ引っ越した。
あれまァ、あれほど亡き妻恋しいと泣いたのに?? といわれたねぇ。

 幸福のこんな定義を聞いたことがあります。
 「幸福とは、健康と物忘れの早さである」ですって。

 わたしが思いつきたかったくらいだわ。
 だって、それは真実だもの。

これはオードリー・ヘップバーンの言葉なんだな。
晩年の彼女の顔には皺が刻まれていたが、
ユニセフの奉仕に奔走する彼女の美しさに変わりはなかった。

健康を欲した彼女だったが、腹部の癌にむしばまれ、
1993年12月20日に天国へ旅発っていった。
享年63歳だった。若いねぇ。

オードリーがシアワセのひとつにあげた物忘れの早さ。
ま、オイらとペケの間では日常茶飯事だな。
単なる老化現象ではあるけれど、これは納得するよ。

もう、それほど多くを憶えている必要はないんだから、
さっさと忘れるってのはいいことだ。
なんなら、さっさと惚けてしまいたいが、そうもいかない。

生活に支障のない程度の斑惚けでいけたらいいと思う。
都合の悪いことは、もう、さっさと忘れてしまうに限るのだ。
それで通れたら、なんとシアワセなことか。

認知できないってなるとタイヘンだから、
意識的にそうなってしまうってのがいいね。
この爺ィは都合悪いことはボケたフリするんだから........... ってね。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした..............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

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