topimage

2019-08

むかしの人はほんとに物識りだった - 2019.08.25 Sun

このまえまで の暑さは、ありゃ、なんだった?
というくらいの爽やかなんだな。全国的らしい。
朝のうちは27℃。お昼になって30℃。

風が熱風ではないから、体感的には秋。
いい気持ちで眠くなるんだな。
おペケは焼津の姪と2人女子会で、そそくさお出かけ。

「あなたもゆうく?」って、そんなわきゃァはない。
退屈だから、amazon みていたら、お。
探していたレンズの、良品がでたではないか。

即、発注だね。加えて、フィルター4枚セット。
これで一応の「いいものレンズ」のラインナップが整った。
ま、ついでに古い3本を売却。1本1万円くらいにはなるかな。

以前は、それほどレンズにカネをかけず、
話題のそこそこ価格レンズをを買って、now を愉しむってやり方だった。
ところが、最近のPENTAXはサードパーティレンズが出ない。

つまり、ペンタ路線の技術が独自過ぎて、
サードパーティ(レンズ専門メーカー)が、ヤだよって、
ペンタマウントを出さなくなった。

それで、今春から返還して、Limitedやスターレンズを買ってみると。
たしかにいいものはいい。価格が張るだけのことはある。
なんて、いまごろ目が醒めてたりする。

おペケは「また買うの?」とはいわない。
お小遣いを1円も使わず、こういう愉しみに使う。
この人の道楽だもの。そう思っているらしい。

 19825-a2.jpg

涼しくて気持ちいいものだから、うとろうとろ。
目が醒めたら午後1時だよ、腹減ったァ。
おペケがパンを焼いおいてくれたから、ちょっとオーブンで温める。

お昼はパン1切れ。
シーチキン乗せて、その上にチーズ被せて焼く。
それと牛乳に飲むヨーグルト混ぜたもの。

 ←click 

それで「デパ地下でウナギ買っといでよ」というと、
「実はねぇ、もう買ってあるのよ」
それじゃ、今夜はゆく夏を惜しんでウナギだな。

 19825-aa1.jpg
 ↑オイらのお昼

オレは幼い頃から好奇心の塊だった。
だから、なぜ? どうして? が多くてマセた面倒くさいガキだった。
バァちゃんは物識りでなんでも答えてくれた。

いま、お昼食べながらテレビ観ていたら、
画面に Washington DCとある。
なんだ、この後にくっついてるDCは?

むかしは、広辞苑だったが、いまはググる。
法律上の正式名称は「コロンビア特別区(District of Columbia)」。
で、「D.C.」(District of Columbia)。

どの州にも属さない連邦政府の直轄地、なんだそうな。
Cの「コロンビア」はアメリカ大陸の発見者のコロンブスに、
ちなんでつけられたんだったぇ。なるほどねぇ。

 830158_1566630572.jpg

この間は、居眠り妖怪泥ぃと書いていて、
さて、妖怪ってヤツらの数え方はなんだって?
そう疑問が浮かび、検索してみた。

幽霊や一つ目小僧なんて擬人化した妖怪は1人。
一反木綿なんぞはモノだから、ひとつ、ふたつ。
なるほどねぇ。納得ゥ。

バァちゃんは物識りだった。たしかに。
むかしの人はユーモアセンスがあったと思う。
ま、喋るのは娯楽だからね。口伝えとか、遺るんだ。

あるとき、バァちゃんと夜になっておつかいにいった。
いまと違って街中でも星が空いっぱいに瞬いていた。
それを見て、オイらの好奇心が疼いた。

「あんな、星っていくつあるんだ?」
「あれは天の雨の漏る穴だから、雨粒の数だけある」
「ふ〜〜〜ん」

わかったわけじゃない。
はぐらされた気もしたが、なんとなく納得した。
ほんとは、エノケンさんが映画でいったんだってよ。

 19825-a1.jpg

近所の映画館のオーナーの未亡人がバァちゃんの友だちだった。
小屋主の旦那さんは戦争にいって帰ってこなかった。
こういう戦争後家はあっちにもこっちにもいた。

要するに、バァちゃんのしゃべくり友だちで、
ちょくちょくもぎり部屋に入り込んで、しゃベっている。
オレもついてゆくのだが、座席へはあの扉が重たくて座席へ入れない。

「開けてぇ..... 」座席は前のほうが桟敷だった。
普段は映画を上映しているが、ときどき、大衆演劇がかかる。
なので前のほう半分が畳なのだ、

オイら、こういうよき時代の映画館で昼寝して育った。
「帰るよー」ってバァちゃんに、
半分眠ったまま背負われて帰ったのだ。

「おばちゃん、これ......」
って、バァちゃんの届け物しながら、
桟敷へごろっと寝転がってちゃんばら映画を観ていた。

もう、すこし成長すると、
映写室に興味が移って、そっちへ入りびたり。
映写機からでた光の束が、四角の窓から放射される。

それが、スクリーンいっぱいに拡がって、観る人の夢を膨らませる。
で、映写技師のオッちゃんに、ごんべ少年は憧れたのだ。
前にも、このシーンを書いたとき、「どこかで読んだ.......」とコメがあった。

けっしてパクリじゃない。
家が映画館だったと、コメをいただいてフレンドもいらっしゃる。
やっぱり、このかたもおなじデジャブを抱いていた。

「ニュー・シネマ・パラダイス」という名作がある。
目が見えなくなった映写技師アルフレードと、トト少年のイメージが、
あれを観た人には、脳のどこかに残っているらしい。

あの四角の穴から映画を観たという方が、お二人もコメントをくださった。
ま、それだけ、映画が人々に身近な娯楽だったのは、間違いない。
いまでもたまに、あの畳に転がって、映画を観ている夢をみる。

映画の合間には、女剣劇大江美智子一座やらデン助一座という、
有名どころが、1ヶ月くらいかかったりした。
舞台前の席が畳敷きだったのも、こうした芝居がかかったからだ。

電気設備などは、うちの父親が業者をまわしていたようで、
もぎり穴を覗いて「おばちゃん、こんにちは」といえば、
映画のときも芝居のときも木戸御免だった。

芝居のときは、楽屋裏の長屋が宿舎となり、
その前で子供が遊んでいたりする。
で、おばちゃんからオイらにお呼びがかかる。

10円くれて「八幡様でも連れてっておくれ...... 」と頼まれたりする。
駄菓子屋に寄ってキャラメル買い、八幡さま境内のブランコに揺られる。
芝居の子の東京弁がおかしくて、真似しては喧嘩になった。

役者の子だから、鼻筋通って目元涼しく、手つないで歩けばみんなが振り向く。
それが、ちょっぴり恥ずかしくもあり、誇らしくもあり。 
ただ、子供といえども舞台にあがるので、遊んでばかりはいられない。

声張り上げて稽古する。
終わって駆け寄ってくるのへ「おまえ、えらいなァ」って眩しかった。
あ、オレも役者になりたい....... そう思った。

オレもカワイイっていわれてたから、帰ってバァちゃんにいってみた。
「なにいってんだよ、おまえは、惣領の跡取りだろ」
幼いころは、いろんなものになりたがるもんだ。

初日は、バァちゃんと観にいく。
バァちゃん、ハンカチで目頭おさえて、
「泣くとあとで頭が痛いよ」とよくいった。

芝居が終わって、余韻醒めやらぬ大人たちが、
連れだって近所のあんみつ屋にいくんだ。
どこそこの娘が、若手役者と駆け落ちしたってさァ...... なんて話。

おませなオイらは、餡蜜かきまわしながら、
知らないふりしてしっかりと聞いていた。
それが、終戦から、それほど経っていない下町の風景であった。

で、おばちゃんが亡くなると、どこやらから息子が現れ、
けばけばしい看板のストリップ劇場になった。
それで、オレが都会にいるうちに、楽屋から火が出て焼けちまった。

何十年もまえのはなし。
ほなあした..................

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?

⬅️ほかのブログ更新はこちらからどうぞ!!
⬅️ 写真ブログ
⬅️コメントをどうぞ。
⬅️簡単メッセージはこちらへ

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

Pictlayer

写真は画像クリックで拡大
オリジナルサイズでどうぞ


ADMIN

天気予報

【雲の動き】

メールフォーム

 管理人への連絡はこちら
 要返信はメアドご記入下さい

 

twitter

フォローよろしく !!
  

 

写真アルバムへゆく










   


   

Counter

My Blog & site

 
 テンプレ/レンタル













ご訪問に感謝!!

プロフィール

略してごんべ

Author:略してごんべ
「Gombessa」
スペルが面倒だから
「略してごんべ」

すべての更新情報

 
 ごんべのWeb siteすべて
 の更新情報はこちらです

LINK

TUNE IN
浜松エフエム
NHK らじる☆らじる
Abema RADIO



*自然を愛するカメラマン
 

 

プルダウンリスト

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する