天真爛漫ちゃらんぽらん

ゆったりまったりふたーり

あっしには関わりのないことで......

すこーし温いかな。お日さまの恵みだね、書斎で21.7℃。
ついにというか、たまりかねてというか、電気毛布入れて、
寝たときにひんやりしないようにしてもらった。

ま、便利なものにはすぐ慣れるもんだ。
おかげでぐっすりこんこん。
さすがに昼間のエアコン暖房はまだいれてない。

太陽の位置がだいぶ低くなって、西日が居間へ差し込む。
おペケの定位置は、その光を燦々と受ける場所だから、
これからは温々で、北の最果ての書斎とはえらい違い。

あと1週間で11月になる。
月末になれば紅葉の季節だよね。
小国神社はコロナ禍以降いってない。

普段でも混んでるからね。
奥山方広寺は静かな佇まいで、
とくに羅漢坂はひっそりと木漏れ日のなかだよ。

このあいだもいったけれど、
山門前がなんか工事中で、
三重の塔の駐車場から覗いただけ。

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この寺は、後醍醐天皇の第七皇子が開祖。
奥山氏というのは、「おんな城主 直虎」にもでてきた。
ルーツは井伊氏とおんなじ。

ただ、武田信玄が侵攻してきたときに、井伊とはちがって、
武田側との親交があったため、領地安堵の約束をもらっていた。
そのせいか徳川の領地になってからは衰退している。

奥山という地名が残る。
方広寺の開祖がこの土地にきたとき、
奥山氏が広大な土地を寄進したといい、山号は「深奥山」。

ワシが子供の頃は、奥山線という軽便列車があって、
浜松駅から方広寺門前町まで通じていた。
方広寺派本山としての賑わいが、それくらいあったのだ。

らっきょ軽便だね、いわばミニSL。
煙突の先に、らっきょみたいなかたちの煤カバーがついていた。
らっきょは、ワシらの「ちんちん」と「奥山線」の別称だった。

雨の降る日はお城の横の長い登りで、車輪が滑るんだな。
亀山トンネル抜けて、広沢の坂を登るあたり。
なので、線路に砂を撒いて、あえぎながら登ってゆく。

いま、わが家の横にある遊歩道がその軌跡後。
全線を遠州鉄道が市へ寄付した。
この軽便に乗って遠足にいったかすかな記憶もある。

10年くらい前までは、観光客はほとんどいなかったから、
羅漢坂には、何百年という杉の古木が鬱蒼として、
木漏れ日に浮かぶ五百羅漢さまのお顔が、心を穏やかにした。

いま平成、令和の羅漢さまの寄進ができるそうな。
ご一体が20万円とか。オレも、ここに座っていたい願望がある。
この件でおペケの承諾は得ているよ。

苔生した羅漢さんに混じって、
今風のアニメ顔した平成の羅漢さまが佇んでいらっしゃる。
100年余を経て苔生した羅漢さまは、怖い顔。

羅漢とは、仏教修業の最も上位にいる人たちらしい。
このなかに、ワシに似た一体を見つけてあったのだが、
どこかへ移動してわからなくなった。

山門まえに門前街の面影が残っている。
旅籠があったりして、賑わった往時を偲ばせるのだ。
11月中倍は一部が紅葉するよ。

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このあいだ飲んだ鼻炎の薬の眠気がやっと抜けた。
やや強めの薬を処方してもらってるので、
1回飲むと3日は眠くてしかたがない。

最近はでなかったが、季節の変わりめの不定愁訴。
抗生物質の服用後に、自律神経ずたずたになり、
病院で検査したって原因不明な身体不調に陥るのだ。

これで苦労したのだけれど、こういう障害ってのは、
おおまかにいえば薬害、その影響は目に見えないわけで、
そういうのを認めなかったむかしは、世間的にも苦労したのだ。

いまはこういうものを認めるようなった。
たとえば天気病みなども、認められて薬がでるようになった。
自律神経失調だから、安定剤を飲むしかない。

アレルギーの薬でも、一時的に症状はおさまる。
けれどもワシはキャリアが長いから、やや強めの薬をもらう。
飲んだら眠い。え? あんたいつも眠いって................ まァ、まァ。



おペケが、美味いもの買ってくるからと、フィールタウンヘ出かけた。
車で8分くらい。家電からホムセ、ドラグストアなんぞが、
いくつか集まっていて、この周辺にはいくつかのこういう形態がある。

「なにかリクエストは?」
「寿司をみてきて............ 」
オレ、昔から中途半端に体調崩すと食欲が出るって人なのだ。

なんかヘンだけれど、子供のときからそうなのだ。
風邪ひいたりすると、バァちゃんが優しくて、
おまえの好きなものつくってやるから、元気になれって.........

これかもしれないね。
結局は「お寿司はいいものなかった」って残念。
「その代わり、アジフライ」って連続の揚げものじゃん

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おペケが衣替えを始めたのだが、これがたいへん。
ワシの衣装も「わたしが管理しますぅ」っていう。
衣装持ちのワシ、自分でもびっくりするくらいでてくるのだ。

これはちょっと痩せたら着られる服だとか。
これはもしかしたら、もっと痩せたら着られる服だとか。
そんなもんがけっこうある。

もう、客観的にみてもらうしかない。
断捨離してきたつもりが、まだ捨てるモノがある。
「これは汚いから捨ててね」

「えぇ、まだ着るよ.......」ってのが多すぎる。
汚いってのにむかァとする。
が、「新しいの、買ってあげるから......」ってこれに弱い。

「いいよ、捨ててぇ」となっちまうが、
こだわって買ったデザインだと後ろ髪引かれる。
危うくケンカとなるところを回避したのが、何回かあった。

なんだっけ?
輝かないものは捨てるだったか? 断捨離のコツってぇ。
男には輝かないが渋いって基準もあるけけれどなァ。

モノは考えようだと思う。
たとえば、男は黙って....... が男の美学だなんていった。
それが似合うのは、三船敏郎、高倉健くらいのもん。

うろうろするヤツは軽薄だの........... といわれるが、
幼いころから遠州のしゃべくりといわれた不肖ごんべは、
だいたいが、そっちの類にはいる。

たしかに、塊になって突っ走る世代には、個性は不要だった。
つまりはハミダシを嫌ったのだ。
塊の真ん中で、おなじように走っていれば、とにかく安心。

ワシは、その塊からハミダシて、
うろうろとどこへでもクビを突っ込んで、軽佻浮薄をよしとし、
それをゼニコに変えていく因果な商売だった。

男は黙って貴乃花では、オマンマは食えなかったのだなァ。
だから、あのバブルの真っ最中は愉しかった。
浮かれて、浮かれて、それが商売になった。

男は黙っての貴乃花だけれど、ま、いろいろあって完全沈黙。
貴乃花氏が自ら創り上げた寡黙イメージを破って、
マスコミ相手に喋りまくったからねぇ。

そうなんだよ。
男は黙って............... ってのは、二面性がある。
高倉健さんだって、プライベートではけっこう喋ったっていう。

男は我慢に我慢を重ね、
そのクセ陰でこっそりと、赤ちゃん言葉だったりするって、
どこぞで聞いたはなしでちゅ。

戦後に強くなったもの。
ナイロン出現で強くなった靴下と女性だっていうけれど、
女性はもともと強いんだな。

強くなった女性には曖昧なんてないように思う。
そこいくと、男たちは進歩がない。
塊から解かれても、なんも変わらない爺ィさんいっぱいいる。

ハミダシもんのワシには、
他人のことは、あっしには関わりのないことで......
なんて、木枯らし紋次郎もだいぶ古いなァ。

そうじゃないかぇ、皆の衆。
ほなあした.............

20chaplin_20190104115545e01.gif ゆあ・はっぴー?


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